ウィリアム・ヒョーツバーグの小説「堕ちる天使」を、名匠アラン・パーカー監督が見事に映画化したオカルト・ミステリー。1950年代のブルックリン。私立探偵ハリーの元に、サイファという男から高額の依頼が舞い込む。それは、大戦後に失踪した人気歌手ジョニーを探してくれという内容のものだった。彼は早速調査を開始するのだが、行く先々で不可解な殺人事件が起こり……。謎の人物サイファをロバート・デ・ニーロが怪演。

1987年製作/113分/アメリカ
原題:Angel Heart                     映画.comより転載

 

                        魔王 ロバート・デ・ニーロ

 

(ネタバレ)

欲望を実現する代わりに魂を差し出す、逃げ切ることはできない、ということを描いているのかな、ゴシックホラー・オカルト・サスペンスという感じです。

失踪した人気歌手ジョニーは歌手として成功するために魔王に魂を売った、そして魔王の手から逃れるため若い兵士を生贄とし魂を盗む儀式を行った、その若い兵士がハリーだった、つまり私立探偵ハリー=ジョニーということで、魔王であるルイス・サイファがジョニーを追い詰め魂を差し出させるというストーリーなのかな。

 

    くたびれた感じのミッキー・ロークがセクシー

 

映画ではハリーの人格が前面に出ていて、ジョニーの居所を捜査する過程で残虐血みどろな事件が次々起きるのでハリーがどんどん窮地に陥っていく、しかも時間の経過と共にオカルト色が強くなって、NYから南部ルイジアナに移ってからは土着の猥雑なエネルギーに支配されます。一つのクライマックスシーンであるブードゥー教の儀式など、もはや人間ではないトランス状態になった人々の・・・・これ、あるあるかもしれない不気味さマックスです、魔王に魂を売った人々、象徴的な鶏と卵、卵は魂であるらしい、そのセリフとともにサイファが手のひらでごろごろと殻をつぶし魂を食べる、魂を売った人誰もがサイファ=ルシファの手からは逃れられないということでしょうか。

ついに自分が何者かを知る時がくる、それでもなおハリーの人格のほうが勝っている、結局運命を受け入れ地獄に降りていくしかないのか(ミッキー・ロークが熱演、魅力的)スタイリッシュなラストシーンが印象的です。

かなり以前、20年位前かなにレンタルで鑑賞したのですが、シャーロット・ランプリングのでっかい心臓(心臓を引きちぎられて殺された?)しか印象に残っていませんでした。

最盛期のミッキー・ロークが観たくて再鑑賞したのですが、かなり魅力的な映画でした。ロバート・デ・ニーロの魔王が不気味です。

 

 

展覧会は終わったんですけど、なんだか不本意な出来で💦

展示したらよくわかる。

まあいいか、と思っていたのが全くよくない。

 

引き続き描き続けています。

上着なしで、窓の外の木を新緑に・・・・5月です。

「春の窓辺」から「初夏の窓辺」へ。

外の緑は窓ガラスを通さないといけないので、まだまだ調整。

向かって右の目の表情も変えたい、いろいろ気になるところありです。

 

ニュージーランド出身の女性監督ジェーン・カンピオンが、1台のピアノを中心に展開する三角関係を官能的に描き、第46回カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた恋愛ドラマ。

19世紀半ば。エイダはニュージーランド入植者のスチュアートに嫁ぐため、娘フローラと1台のピアノとともにスコットランドからやって来る。口のきけない彼女にとって自分の感情を表現できるピアノは大切なものだったが、スチュアートは重いピアノを浜辺に置き去りにし、粗野な地主ベインズの土地と交換してしまう。エイダに興味を抱いたベインズは、自分に演奏を教えるならピアノを返すと彼女に提案。仕方なく受け入れるエイダだったが、レッスンを重ねるうちにベインズにひかれていく。

第66回アカデミー賞ではエイダ役のホリー・ハンターが主演女優賞、娘フローラ役のアンナ・パキンが助演女優賞、カンピオンが脚本賞をそれぞれ受賞した。2024年3月、4Kデジタルリマスター版でリバイバル公開。

1993年製作/121分/R15+/オーストラリア・ニュージーランド・フランス合作
原題:The Piano                    映画.comより転載

 

 

強き者、汝の名は女

4Kデジタルリマスター版公開中ですが、劇場鑑賞の時間がなく、配信で鑑賞。

初公開時、ホリー・ハンターがピアノの腕を買われて主役の座を射止めた、とか、アンナ・パキンの天才子役ぶりが話題になりました。

今観ても、この映画でピアノを弾けない主役は考えられませんし、アンナ・パキンが類を見ない才能だなと思います、似た母娘というところも重要なのだと思いました。

自分に忠実に一途と言いますか。

 

背景の多くが語られていないのも良いです、エイダの過去とかフローラの父は?とか(語られていますが事実ではないような)。なぜスチュワートが言葉を話せない子持ちのエイダと結婚したのかとか。

スチュワートは豊かではない、多分持参金が目当てではないか、口がきけないうえに子供だっているし条件の良い結婚ではない。自分に心を開かないエイダにこの時代にしては随分寛容だと思う、結婚したのに肉体関係だってなさそうだ、彼女が受け入れてくれるまで待つという態度だ。

映画を観ているとサム・ニール演じるスチュワートが気の毒になってもくる、決して問題のある男ではないのだ。

妻にとってピアノがどれほど重要かということがわかっていない、そういう価値観がないのだ。

とはいえ妻を大切に思っていれば気が付くはずだが、問題が愛をはぐくむ以前に起こってしまった。

 

対するベインズ(ハーヴェイ・カイテルが魅力的)は明らかにエイダの体目当てであるけれど、それだけではなくエイダという一人の女性のすべてを受け入れようと変わっていく、それとともに二人は心も体もシンクロしていく。

30年前の映画ですが、かなりエロい、際どいシーンが、公開時劇場鑑賞したのですが、当時は意識していなかった。

 

今観るとかなりフェミニズム臭の強い映画ですが、当時はそれも考えずに観ていました。

たぶん、監督のジェーン・カンピオンもフェミニズムというようなことではなく、自分の思うように映画を撮ったのだと思います。

映画から感じるのは、愛情をもって描かれた不器用で愛しい男たち、そしてこうあってほしい、ありたいと思う強い女性。

 

映画館観賞時とても気になったシーン、海へ落ちていくピアノ、繋ぎとめていたロープの輪に足をとられて海へ落ちていくエイダ、事故ではなく自ら足を差し出した、自殺だと思ったのですが、そこを確認したくて再鑑賞というところありました。

娘よりも恋人となったベインズよりも、自分の一部となっているピアノとともにこの世から去ろうと身を投げた彼女は、落ちていく海中でもっと大事なものを見つけ生きる力をとり戻した、必死でもがき生を取り戻そうとする。

彼女は指を1本失うという代償を払った、そして望む幸せを手に入れた。

マイケル・ナイマン手掛けた主題曲がやはり名曲です。

 

 

 

私の再生回数NO1動画

とにかくかっこいい、カメラアングルが凄い。

メンバーそれぞれの魅力を最大に映し出している。

ことあるごとに再生する、疲れたときも元気をもらえる。

チバユウスケさん、かっこいいんですよ!

昨年11月食道がんで亡くなられました享年55歳。

明るい健康的な人より陰気な人が好き、簡単に言ってしまえることではないけれど、陰気にも方向性があるし。

 

     チバユウスケ氏

 

 

 

「ダークナイト」「TENET テネット」などの大作を送り出してきたクリストファー・ノーラン監督が、原子爆弾の開発に成功したことで「原爆の父」と呼ばれたアメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマーを題材に描いた歴史映画。2006年ピュリッツァー賞を受賞した、カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによるノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」を下敷きに、オッペンハイマーの栄光と挫折、苦悩と葛藤を描く。

第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが……。

オッペンハイマー役はノーラン作品常連の俳優キリアン・マーフィ。妻キティをエミリー・ブラント、原子力委員会議長のルイス・ストロースをロバート・ダウニー・Jr.が演じたほか、マット・デイモン、ラミ・マレック、フローレンス・ピュー、ケネス・ブラナーら豪華キャストが共演。撮影は「インターステラー」以降のノーラン作品を手がけているホイテ・バン・ホイテマ、音楽は「TENET テネット」のルドウィグ・ゴランソン。

第96回アカデミー賞では同年度最多となる13部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞を果たした。

2023年製作/180分/R15+/アメリカ
原題:Oppenheimer                    映画.comより転載

 

 

オッペンハイマーが開発した核の被爆国として見逃せない本作だが、メジャー配給会社が買い付けを見送るというなんとも情けない日本映画界の状況だ、本作の公開の何に恐れをなしたのか、クリストファー・ノーランの大作でしかも評価はめっぽう高い、興行的にこけると思った?、世論の批判が怖かった?、理由は理解できないレベルのもの?、じゃあ配給してくれたビターズ・エンドさんの英断?普通に考えたら買い付けるでしょう。

私が観た地方都市の映画館、8割の入りでした、この映画館ではめったにないこと、しかも客層が比較的若い、これから口コミでの集客もできるように思います。

エンタメ映画ではないですが(いやこれもエンタメ?)、エンタメとしての映像、音響迫力は十分、3時間の長尺ながら長さを感じさせません。

ノーランの映画は時間軸が理解しにくく苦手ですが(時間軸の扱いだけでなく、いろんな意味で苦手)、本作も跳躍時間軸というか、でも、なんとなくわかります、観ているとすべてが漠然とつながるのです。それは、ある程度歴史になっていることを分解して描いているからだと思います。

カラー部分とモノクロ部分の使い分けが巧みだからともいえるかもしれません。

1920年代から50年代、オッペンハイマーの野心と成功が描かれる、核実験を成功に導き、広島、長崎への原爆投下が終戦をもたらした英雄ともてはやされるが、自身はその威力に衝撃を受け核開発に反対の方向に傾いていく、妻や自身の過去から共産主義者の疑いをかけられ失脚していくが、そこには卑小な怨念が存在していた。

 

 

オッペンハイマーという人物を掘り下げたというわけではなく、彼の人生を描きながら、核のある世界というものを描こうとしたのではないかと思う。

映画序盤に出てくるプロメテウスという言葉、制御不可能な天界の火を人類に与えたプロメテウス、オッペンハイマーもまたプロメテウスではないのか、それは彼自身がそう考えたような気もする、それゆえの水爆開発の反対、彼が開発せずとも誰かが開発したはずだし、ソ連もドイツも同じことだが、それが彼の心を軽くするわけではない。

 

そんな風な映画だと思ったのだけれど、映像、音響良し、キャストは誰もが”俳優人生懸けてます”という熱演。

キリアン・マーフィーの無理のない老け顔がよい(彼は若さを失わない顔をしているので若いころは問題なし)、卑小な人物ルイス・ストローズを演じたロバート・ダウニー・jr が名演、妻キティを演じたエミリー・ブラントも存在感十分魅力的な人物です。ちょっと出のアインシュタイン=トム・コンティも味わい深い。

他の脇役、鑑賞後調べたら驚くほど贅沢なキャストでした。

 



当時「日本だけが戦っている」だから核で戦争を終結させた。

映画でもそういわれていました、米国民は熱狂したし、今もそう思っている。

それは名目に過ぎないと思います、日本の敗北は目前だったのだから、いろんな思惑があった、アメリカは政治的戦略として核を使いたかったということだと思います。

とはいえ、それを追求する映画ではない。

 

本作はクリストファー・ノーランの最高傑作ではないかと思います。

そして本年度ベストの一作。

興行的成功も間違いないでしょう。