1950年代、戒厳令下の台湾。嘉義で暮らす少女・阿月(アグエー)は、反政府分子として捕らえられた兄が台北で処刑されたことを知る。わずかな金と兄の形見の時計を手にひとり台北へ向かう阿月だったが、兄の遺体を引き取るには高額な手数料が必要だった。途方に暮れていたところを怪しい男に騙され、遊郭に売り飛ばされそうになった彼女は、人力車の車夫・趙公道(ザオ・ゴンダオ)に助けられる。中国・広東出身の彼は、国民党軍の兵士として台湾に渡って以来、故郷へ帰ることもかなわず、その日暮らしの生活を送っていた。白色テロで軍の仲間を失い人生に行き場を見いだせずにいた公道は、阿月の思いに心を動かされ、手を差し伸べることを決意する。
「2025年・第62回金馬奨にて最優秀作品賞を含む4部門を受賞した。
2025年製作/134分/G/台湾 映画.comより抜粋転載
時代背景
「白色テロ時代」という語は広義には1947年の二・二八事件から1987年に戒厳令が解除されるまでの期間を指す。台湾では二・二八事件以降、国民党は台湾国民に相互監視と密告を強制し、反政府勢力のあぶり出しと弾圧を徹底的に行った。とくに1949年には国民党政府は大陸中国から台湾に逃れ、大陸反攻と反共主義を掲げて戒厳令を敷き、国民党の一党独裁政権維持のために共産主義者撲滅の名のもとに民主派勢力、社会主義者、台湾独立派をも弾圧した。処分は蒋介石自ら決め、死刑も多発した。白色テロの期間、国民党政権に対して実際に反抗するか若しくはそのおそれがあると認められた140,000名程度が投獄され、そのうち3,000名から4,000名が処刑されたと言われている。処刑された彼らの最後の写真はしばしば笑みを浮かべているが、これは彼らが抵抗の証として決して屈しないということを示す為にそうしたものである。大半の起訴は1950 年から1952年の間に行われた。訴追された者のほとんどは中誤記共産党のスパイとレッテルを貼られ罰せられた。容疑者を検挙すれば公務員給与の8年分にもあたる巨額が与えられるため、特務機関員や刑事のでっち上げも多かったとみられている。
国民党支配に反抗したり共産主義に共鳴したりすることを恐れ、国民党は主に台湾の知識人や社会的エリートを収監した。例えば、 日本統治時代に教育を受けた知識人ばかりか、日本兵となった経歴のある台湾人も敵視されてしばしば対象となった(もともとの台湾の住民、内省人と言われる)。しかし 白色テロの犠牲者には外省人も多数含まれた。外省人の多くが国民党のおかげで台湾に避難することができたのだが、同伴者を伴わずに台湾に到着すると、現地の台湾人と違っていいように使い捨てられることがしばしばあった。 Wikipediaより編集
時代背景を押さえておかないとわかりにくい映画です。
監督、映画を語る
1949年に始まった白色テロから、70年近くが過ぎました。
しかし、何千人もの犠牲者を生み、多くの真実や涙を荒野と時間の流れの中に埋もれさせた、この長く続いた政治的悲劇を描いた映画は多くありません。
あの冷酷な時代のなか、人々は野心や誤った告発によって、かけがえのない命や青春、自由を奪われました。そして最後には、人としての尊厳さえも踏みにじられ、愛する人を失った家族には、深い痛みだけが残されました。
不安、混乱、疑念、怒り、悲しみ、そして恐怖。何度もそれらを味わい続けながら生きてきました。最も無実でありながら、最も大きな重荷を背負わされているのに、それでも彼らは本来受けるべき配慮や敬意を十分に受けているとは言えません。
時が過ぎ、状況は変わったとしても、いまその顔に涙が見えないからといって、かつて涙が流されなかったわけではありません。
だからこそ私は、犠牲者の家族についての映画を作りたいと思いました。
残酷で無情な時代の中でもなお、人間の輝きが見える——そんな愛の物語です。
苦しみの日々の中で人を前へと進ませることができるのは愛だけです。
人権や自由の価値を理解するためには、私たちは勇気をもって痛ましい過去と向き合わなければなりません。
「古傷を蒸し返すな」と言う人もいます。しかし、その苦しみがあったからこそ今の私たちが形づくられ、今日の自由と人権のもとで、過去をあるがままに見つめることができるのです。
たとえそれが雲であろうと霧であろうと、私たちはあの風景を忘れてはなりません。私たち自身が、いつか誰かにとっての美しい風景となるために。
感想まとめ
白色テロの犠牲となった兄の遺体を台北へ引き取りに行く少女阿月(アグエー)は遺体の引き取り手数料が払えず、人身売買の犠牲者になる寸前だったところを車夫の公道に救われる、彼はかつては国民党の軍人だったが白色テロで上官を失い使い捨てにされたのだった。内省人と外省人の出会い。
人は一人でなら人間と人間としての信頼関係を結べる、人間を肯定し信頼する映画であり、それがメッセージとなっています。
平和な時代なら目にすることもない悍ましいシーンもあるが、残酷なシーンは描かれていません、これは監督の意図したものだと思われます。
アグエーの少女時代から晩年まで、兄の言葉通り夢を捨てなかったアグエー、最終盤の出来事は、必死で生きたアグエーや公道、時代を生き抜いた人々への温かいまなざしで締めている。
監督のメッセージがしっかりと伝わってきました。
ユーモラスなシーンも多々あり、エンタメ的手法も成功していると思う程よいシンクロ。公道役の俳優は台湾の名優なんだろう。











