「わたしは最悪。」で世界的に注目を集めたスウェーデンのヨアキム・トリアー監督が、愛憎入り混じる「親子」という名のしがらみをテーマに撮りあげた家族ドラマ。

オスロで俳優として活躍するノーラと、家庭を選び夫や息子と穏やかに暮らす妹アグネス。ある日、幼い頃に家族を捨てて以来、長らく音信不通だった映画監督の父・グスタヴが姿を現し、自身にとって15年ぶりの新作となる自伝的映画の主演をノーラに打診する。父に対し怒りと失望を抱えるノーラは断固として拒絶し、ほどなくしてアメリカの人気若手俳優レイチェルが主演に決定。やがて、映画の撮影場所がかつて家族で暮らしていた思い出の実家であることを知ったノーラの心に、再び抑えきれない感情が沸きおこる。

「わたしは最悪。」でも主演を務めたレナーテ・レインスベが主人公ノーラを演じ、名優ステラン・スカルスガルドが映画監督の父グスタヴ役で共演。妹アグネスをインガ・イブスドッテル・リッレオース、アメリカの人気俳優レイチェルをエル・ファニングが演じた。2025年・第78回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し、第98回アカデミー賞では作品賞をはじめ8部門で計9ノミネートを果たした。助演男優賞ノミネートのスカルスガルドはキャリア初のオスカーノミネートとなり、アカデミー賞史上初めて外国語映画での助演男優賞ノミネートなった。

2025年製作/133分/G/ノルウェー・フランス・デンマーク・ドイツ合作
原題または英題:Affeksjonsverdi             映画.comより転載

 

 

イングマル・ベルイマンの『秋のソナタ』を思い出させるところのある映画です。

母と娘の確執が本作では父と娘のとなっている。

家族とは近いからこそ確執も大きい、愛憎紙一重。

ただ、愛が承認されなかったからの関係であり、愛がなければ確執もない、そこに救われなさのある深い傷が存在するが、関係修復の糸口が存在するのもわかる。お互いそれを望めば。

センチメンタル・バリューとは”愛着や思い入れのあるもの”という意味のようだ。

この映画では、家族、特に父と娘、そして祖母、母、父と暮らした思い入れのある"家"です。

思い入れのある家の壁には亀裂が入っている、老朽化しているからだろうけれど特に父と娘ノーラの間に横たわる断絶のように見える。

父は映画監督、ノーラは女優。なぜ今の状態に至ったか?父やノーラが語るわけではない。

舞台上で極度の緊張でパニックになるノーラの様子、妹アグネスが父と姉の間の触媒となり、何が彼らを傷つけて来たかが見えてくる、家族を捨てた父が娘の主演で新作を撮ろうとしている心のうち、父の思いは観客にはわかるがあまりに不器用でノーラには伝わらない。

その主演を演じることになったハリウッド女優のレイチェルは監督の真意を察し自ら役を降りる。

映画中映画を通して、祖母や母のことが見えてくる、そして妹アグネスの思いも。

 

映画は家族の物語、撮影場所はかつて彼ら家族が暮らした思い出の家をリフォームして。

壁の亀裂は消えたはずだ。

父と娘の関係は修復されるのだろうか?

 

重層的な脚本の作りは誠実でたくみ。

感情を爆発させるノーラと抑え込む父、その間の立ち位置の妹アグネスという配置が良い。

ハリウッド女優ではこの役は合わない、という役作りのエル・ファングも上手いなと思う。

そんな誠実な演技者の中で、ステラン・スカルスガルドの老いた存在感がさすが名優と思わせられた。

 

「シェイプ・オブ・ウォーター」「パンズ・ラビリンス」で知られるメキシコの鬼才ギレルモ・デル・トロが、19世紀イギリスの作家メアリー・シェリーが生み出し、後世の多くの創作物に影響を与えたゴシック小説「フランケンシュタイン」を映画化。デル・トロが長年にわたり映像化を熱望してきた企画で、自ら製作・脚本も担当した。

己の欲望に駆られたヴィクター・フランケンシュタインは、新たな生命の創造という挑戦に乗り出す。そして、その果てに誕生した「怪物」の存在が、人間とは何か、そして真のモンスターとは何かを問いかけることとなる。

フランケンシュタイン役は「スター・ウォーズ」シリーズや「DUNE デューン 砂の惑星」のオスカー・アイザック。怪物役を「プリシラ」「Saltburn」のジェイコブ・エルロディが務める。そのほか、「X エックス」のミア・ゴス、「ジャンゴ 繋がれざる者」のクリストフ・ワルツ、「西部戦線異状なし」のフェリックス・カメラーらが共演。撮影は「シェイプ・オブ・ウォーター」「ナイトメア・アリー」のダン・ローストセン、音楽は「シェイプ・オブ・ウォーター」のアレクサンドル・デスプラ。2025年・第82回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。第98回アカデミー賞では作品賞、撮影賞、脚色賞、助演男優賞ほか計9部門にノミネートされた。Netflixで2025年11月7日から配信。それに先立つ10月24日から一部劇場で公開。

2025年製作/149分/PG12/アメリカ
原題または英題:Frankenstein                映画.comより転載

 

 

 

人を人たらしめているものは何かということが描かれている

Netflixの映画だが、限定公開されているのは知っていた、でも、実はギレルモ・デル・トロの映画は苦手、力のある監督なのはわかるし、苦手なテーマではない、でもこの監督のなんだろう?趣味が合わないのだ。

なので鑑賞を見送ったが、京都シネマで一週間限定公開していた、アカデミー賞にもノミネートされているし、フランケンシュタインのお話そのものは嫌いではないので鑑賞。

 

デル・トロ監督の特に苦手な作品というのが『シェイプ・オブ・ウォーター』なのだけれど、本作は良く似た作品でしかも物語が深くなっていて、趣味が合わないということも減っていた。

長尺ではあるけれど章立てになっていて仕組みがわかりやすいしクラシック映画の感じがあるのも良かった。

 

 

父から愛されず育ったフランケンシュタイン博士は自己承認欲求を満たすために悍ましい実験に挑み怪物生み出す、知性を持たないモンスターだと思っていたものが人間と同じ心を持つにいたるが、そこにあるのは絶望と孤独だった。

この記事を書いていて、あっと気が付く、父とフランケンシュタイン博士、そして博士と怪物の関係は同じだ。

フランケンシュタイン博士の不幸は父を許せなかったことだと思う。

 

死を目前にして博士は怪物を息子として受け入れた、そして怪物も父としての博士を許した、怒りが消えそこには愛と赦しがあった。

重厚に激しく描かれている”人間とは何か?”という物語。

 

鑑賞を迷っていた背中を押してくれたのオスカー・アイザック主演ということ。

 

 

そしてジェイコブ・エルロディが恐ろしい怪物が実は中身は純真な少年だ、ということを愛を希求する悲しみに満ちた眼差しで分からせてくれ適役。

 

ミスキャストではないか?という意見もあるだろうミア・ゴス、これは彼女じゃないとできない適役だったと思います、普通の美女ヒロインではだめ、何もかもを見通す目を持った不幸が似合う強い女性、聡明とはちょっと違う。

 

 

見応えのある映画でした。

 

以前にもどこかで読んだことがあるのだが・・・

ややこしい言い回しをしているが、自民党の安全保障委員会は・・要は武器輸出を解禁する提案をマイルドな言い方(どこがマイルド?胡散臭い)にしているが、武器輸出を解禁したいわけです。

今日の新聞のコラムでも読んだ。

かつて宮澤喜一元首相は外相時代武器輸出解禁を問われ・・

「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれていない、と言いますか、もう少し高い理想を持った国として今後も続けていくべきであろう」

と答弁されたとか。

 

武器の輸出は平和のためという言い訳をするのだろうが、苦しすぎる、これが普通の国になるということなのだろうか。

 

では、これはどうだろう。

私の考えでは

 

旧宮家養子は国民には受け入れられないでしょう。
諸外国を見ても直系長子が継ぐのが当然だと思います。
日本の一般家庭、男系男子が家を継ぐという考えが法的にも存在しないのに天皇家だけにというのはアナクロいと思います、もはや伝統ではないと。

 

そして選択的夫婦別姓ですけれど、ここまで反対しなければならない理由は何ですか?子供がかわいそう?家族の絆が壊れる?じゃあ他国の家族の絆は弱いのだろうか、他国の子供がかわいそう?

同姓を選択するしかない日本でなぜこんなに離婚が増えているの?

 

反対をしなければならない理由が他にあるのでしょうと思うほかない。

日本とはこういう国であるとすれば、これが普通の国なんだろうか?

誇りと理想を失くした国が普通の国なんですかと問いたい。

 

この頃毎日が面白くない、否応なく嫌な話が耳に入ってくる、自分が口にした言葉は実は自分という人格を表している、政権もタガが外れてきたが、それは国民も同じだ、私自身、自分を顧みなくてはとおもう。

 

そうだ、猫に話を聞いてもらおう。

 

天国でしっかり聞いているニャー

「ザ・ホエール」で第95回アカデミー主演男優賞に輝いたブレンダン・フレイザーが主演を務め、全編日本で撮影を敢行したヒューマンドラマ。長編デビュー作「37セカンズ」やドラマ「BEEF ビーフ」などで注目された日本人監督・HIKARIがメガホンをとり、東京で暮らす落ちぶれた俳優が、レンタル・ファミリーの仕事を通して自分自身を見つめ直していく姿を描く。

かつて歯磨き粉のCMで一世を風靡したものの、近頃は世間から忘れ去られつつあるアメリカ人俳優フィリップ。俳優業を細々と続けながら東京で暮らし、すっかり街になじんでいた。そんなある日、フィリップはレンタル・ファミリー会社を経営する多田から仕事を依頼される。レンタル・ファミリーとは、依頼人にとって大切な「家族」のような役割を演じることで報酬を得る仕事。最初のうちは、他人の人生に深く関わることに戸惑うフィリップだったが、仕事を通して出会った人々と交流していくうちに、いつしか彼自身の心にも変化が起こりはじめる。

レンタル・ファミリー会社を営む多田役で平岳大、レンタル・ファミリー会社の俳優として働く愛子役で山本真理、老優・喜久雄役で柄本明が共演。

2025年製作/110分/G/アメリカ
原題または英題:Rental Family               映画.comより転載

 

 

 

緊張を強いられる荒んだ社会に生きる私たちの心を温もりで満たす映画

本業の俳優では売れず心ならずも胡散臭い業界で働く羽目に。

それでも、人というのはいついかなる場合も自分次第というところがある。

この映画はブレンダン・フレイザーという優しさ、温かさ、繊細さ、誠実さ、そんなものを感じさせる俳優が演じるから秀作になったというところがある。

監督がHIKARIというアメリカで活躍する監督だが大阪出身の日本人(国籍はどうだか知らないが)、描かれているのはあるあるではない普通の日本、日本の結婚式や葬式、お受験、軽いエピソードから、だんだん深く重くなっていく、それでも軽妙さと誠実さはなくさない。

”ガイジン”フィリップ”が日本人の人情の機微に分け入っていく、そこには日本人もガイジンもない、あるのは誠実な心と心のつながりだ。

誰もが孤独で寂しいけれど、それを受け入れながら人と人はつながっていく・・・

感じとしてはそういう映画かな。

幾度も映しだされる東京の夜景が美しい

 

このキャラクターですから😊

 

関わった人には誠実に、子供ならなおさら

 

2人でお好み焼きを食べ、八百万の神々に祈る

 

 

人間の良い面だけを掬い取った映画という感じだが、それが自然に描かれている、こういう映画は得てしてクサくなるのだが、そんなところは全くない、優しい気持ちで映画館を後にできた。

 

 

直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した永井紗耶子による同名小説を、柄本佑と渡辺謙の初共演で映画化したミステリー時代劇。

時は江戸時代。ある雪の降る夜、木挽町の芝居小屋「森田座」のすぐ近くで、美しい若衆・菊之助が父の仇討ちを見事に成し遂げた。その事件は多くの人々に目撃され、美談として語られることになる。1年半後、菊之助の縁者だという侍・総一郎が、仇討ちの顛末を知りたいと森田座を訪れる。菊之助に関わった人々から事件の経緯を聞くなかで徐々に事実が明らかになり、やがて仇討ちの裏に隠された「秘密」が浮かび上がる。

仇討ち事件の真相を追う田舎侍・加瀬総一郎役で柄本佑が主演を務め、森田座で謀略を巡らせる立作者・篠田金治を渡辺謙が重厚に演じる。仇討ちを成した者・伊納菊之助役で長尾謙杜(なにわ男子)、菊之助の父を手にかけ仇討ちされた無法者・作兵衛役で北村一輝、森田座の木戸芸者・一八役で瀬戸康史、森田座の立師・相良与三郎役で滝藤賢一、女形で衣裳方の芳澤ほたる役で高橋和也、小道具方の久蔵役で正名僕蔵が共演。テレビドラマ「忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段」などの時代劇や映画「大停電の夜に」で知られる源孝志が監督・脚本を手がけた。

2026年製作/120分/G/日本                映画.comより転載

 

 

見応えがあった、というよりめっぽう面白く作られている時代劇ミステリーエンタメ。芝居小屋「森田座」のからくりや、訳あり面々の森田座にたどり着くまでのいきさつがそれぞれ語られ、家族のような絆が出来ている、そこで起きた若侍のあだ討ち。

先ずあだ討ちありきで始まる、そしてそこへ行きつくまでの事情が1年半後に現れた侍、総一郎によって徐々に真実が明らかになっていく、という仕組み。

超エンタメという感じでほぼ15分ごとに派手な見せ場がある。

 

しょっぱなからあだ討ちシーンで、おーーー!となり。

 

木戸芸者を演じる瀬戸康史の達者ぶりに感心し。

 

衣装方の高橋和也の演技には感心しきり。

 

立て師、滝藤賢一の殺陣シーンはお見事の一言。(殺陣師とは言わないのね)

(一番上の画像、若侍の構えね)

 

北村一輝の善悪の演じ分けもいかにもだし・・

 

そして渡辺謙の仮名手本忠臣蔵のシーン、大迫力過ぎて笑うしかない。

 

真実を探る総一郎、この雰囲気、何かデジャブが・・・

古畑任三郎か刑事コロンボか、という感じで、コテコテの時代劇ではなく

新しい感覚で描く超時代劇、観客もたくさん入っていて、よしよし♪

 

と思っていたら、エンドクレジットの音楽が・・・なんでこれ?

椎名林檎さんらしいですが、いや、これじゃないでしょう。

超時代劇と言ってもあまりに超で。

 

追記

ここで思い出しました、あだ討ちの準備が佳境を迎えたころに使われていた曲はノリノリでばっちり盛り上がりました。