「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「ニンフォマニアック」などを手がけたデンマークの鬼才ラース・フォン・トリアー監督を叔父に持つ、ノルウェーの新鋭ヨアキム・トリアー監督の長編第3作。戦争写真家の母イザベルが謎の死を遂げてから3年。母の回顧展の準備のため、長男のジョナが父と弟が暮らす実家に戻ってくる。事故か、自殺か、不可解な部分が多いイザベルの死。久しぶりに顔を合わせた父と息子たちが妻への、そして母へのそれぞれの思いを語り、イザベルの知られざる一面を戸惑いながらも共有していく。3人はそうすることでイザベルの死を受け入れ、家族としての絆を取り戻していくかに見えたが……。第68回カンヌ映画祭でコンペティション部門に出品され、ノルウェーのアカデミー賞と呼ばれるアマンダ賞では監督賞、脚本賞、撮影賞、編集賞を受賞。ジェシー・アイゼンバーグ、ガブリエル・バーン、イザベル・ユペール、デビッド・ストラザーンと、国を越えたキャストが顔を揃えた。

2015年製作/109分/ノルウェー・フランス・デンマーク・アメリカ合作
原題または英題:Louder Than Bombs                                                          映画.comより転載

 

                                                                  

邦題が全てを現している、かといって何か内容がわかって問題があるというのではない。母が存在感ばっちりのイザベル・ユペールであるから、死んでからだって残像による家族への影響力はすごいだろうと納得してしまうわけです。

三年前に事故死?した著名な戦場写真家である母、その回顧展のために残された家族は否応なく彼女の死と真実に向き合うことになる。

いまだ喪失感に支配されている夫、これがガブリエル・バーンで初老男の繊細な魅力は半端ありません。

子供が誕生し家庭にも仕事にも充実しているはずの長男はどこかに寄る辺なさを持っている、意外な配役ジェシー・アイゼンバーグ、この人少年っぽさを残していてやはり繊細でこんなソフトな役もぴったりです、ただ、この若さで教授というのはどうかな?日本とは違うんだな、ということで納得しましょう。

そして次男役の少年は思春期特有の危うさと父母の秘密を知った不安感や喪失感で爆発しそうになっている、大丈夫かぁ、とスリリングなのですが納得の人物造形です、大人への脱皮の苦しみと成長を感じる。
このキャスティングが映画の勝因の一つでしょう。
 

そんな家族がお互いの心の内を多少なりとも共有することでやはり他人ではありえない家族というかけがえのない絆を確認してゆく、そういう映画なのですが、この映画の魅力は、家族一人一人の心の内を繊細な感性でもって掬い取っているところだといえます。

 

 

以上、10年前に観たヨアキム・トリアー監督『母の残像』のレビューをYahoo!時代の過去記事より転載しました。

ヨアキム・トリアー監督の映画は初めての鑑賞だな、と思っていたところ、あれ?待て待てと思い出したのです。

この時はヨアキムさんはラース・フォン・トリアー監督の甥と言われていたように思うのですが、そうではなく、今は遠縁のと言われています。

『母の残像』の記事を再読すると、カンヌグランプリ&アカデミー賞脚本賞、国際長編映画賞にノミネートされている『センチメンタル・バリュー』のレビューにそのまま置き換えられるという内容です。

10年の間により洗練され深みを増したのだなと感じさせられました。

近くに古民家カフェが出来ているよう、古民家は築後100年くらい、住所をみると、親戚の家(ずっと30年くらい空き家、同じく築後100年くらいの平屋)のように思える、とはいえその周りには田んぼとあぜ道しかない、車も入れないところなんです。

1日5000歩を目指しているので見に行って来ました。

そのカフェは親戚の隣の家、親戚の家は建築屋さんに買われ事務所になっていて、カフェの家も同じ会社が買ったようです(郵便受けに両方の住所が書いてあった)。

近隣は昔ながらの”村”で、道も私道というか田んぼの畔というか。

駅近ですが開発されていない、何か理由があるのでしょう。

昔ながらの家が並んでいて、庭の木が良いのです、今日は雨に濡れて特に美しい。

 

 

奥に紅梅、白梅が

 

南天と八朔かな?

 

左下が幅1メートルくらいの道、この前の田圃を挟んで古民家カフェが、隠れ家的でよい雰囲気です。

5,334歩、クリア!

ベネズエラ出身の世界的指揮者グスターボ・ドゥダメルの栄光と苦悩、そして挑戦に密着したドキュメンタリー。

1981年にベネズエラで生まれ、10代の頃から天才指揮者として巨匠たちの薫陶を受けてきたドゥダメル。2009年には弱冠28歳にして名門ロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督に就任し、「TIME」誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選出。母国の若手音楽家からなるシモン・ボリバル・ユースオーケストラを率いた演奏動画のブレイクや、2016年スーパーボウルのハーフタイムショウへの出演など、ジャンルの枠を超えて活躍を続けてきた。しかし本作撮影中の2017年、ベネズエラの反政府デモに参加した若き音楽家が殺害された事態を受け、ドゥダメルは現マドゥロ政権への訴えをニューヨーク・タイムズ紙に展開。大統領府と対立したことでシモン・ボリバル・ユースオーケストラとのツアーは中止に追い込まれ、祖国へ足を踏み入れることすら禁じられてしまう。

祖国の若者たちと交わした「いつか必ずまた指揮をしに行く」という約束を胸に、世界各地で挑戦を続けるドゥダメルの姿を、コンサート演奏やリハーサル風景などを多数盛り込みながら映し出す。

2022年製作/103分/G/アメリカ
原題または英題:Viva Maestro!                映画.comより転載

 

 

映画はドゥダメルをとおして、音楽というもの、藝術というもの、一見何の役にも立たないように見えるものの意味を問い掛けてくる。何人も政治とは無関係ではいられないという現実を思い知らされる。

作家にしろ画家にしろ音楽家にしろ、他国では自分の信条をはっきりさせている人が多いように思う、はっきりさせることで身の危険を感じることはあっても非難されることは少ないのではないか?翻って日本ではどうだろう、政治を語ることはタブーという、恐ろしく後進国だなと思う、近年ではSNSで袋叩きにされかねない、一時よりも政治劣化が著しいように思う。

 

人間にとって何の役にも立たないことがとても重要というのは真実だと思う。

役に立つことばかりやっていたら心も体も壊れてしまいます。

と、映画とは一見関係ないことを言っていますが、映画の半分はそういうことを表現しています。

芸術を開花させられない指導者には国を率いていく資格がない・・・みたいな。

 

後は、ドゥダメルの音楽、リハーサルシーンやコンサート演奏シーンも多数。

指揮者とは何か?みたいなものを考えさせられます。

何か?・・・・オーケストラに魂を入れる人と言いますか。

 

 

ベネズエラでは600万人の人が国を脱出したらしいです、オーケストラ活動もままならない、海外での活動も制約がかかるなか(とはいえNYフィルハーモニックの音楽監督就任が決定している)、ドゥダメルの挑戦は続く・・・という映画です。

 

アップリンク京都で鑑賞、スクリーンは小さいですが音響の良い映画館で、ドゥダメルの指揮で音楽がみるみる鮮やかな色合いを増して高揚感に満ちる、素晴らしいです。

 

 

 

 

和歌山まで2時間、和歌山市までは近い、これが熊野とか白浜、串本とかになると一泊は必要になるのだけれど。

私の旅行範囲は片道二時間以内?

お城を観るには十分なのです。

それに京都、神戸、滋賀、奈良、行きたいところはたくさん。

 

 

 

 

 

お城に梅が似合います。

 

 

これは何かな?水草?苔?

 

鴨がたくさん。

 

南米にいるフンボルトペンギン、昨年末観た映画『ペンギン・レッスン』の小型ペンギン、可愛い!

 

アルパカさん、フレンドリーです。

 

今日は13,306歩、出かけるとよく歩きます。

明日は京都、京セラ美術館へ、何やら忙しくなってきました。

明日は何にも予定のない一日。

なので、予定を入れました、和歌山城で一日のんびり。

和歌山城は紀州徳川のお城ですが、第二次世界大戦の和歌山大空襲で焼失、以降に再建されたものらしいですが、そんなのは良いのです、お城のある空間でのんびりしたい、広々としたところ良いです。

和歌山は遠くに思えても意外に近いのです。うちからだと大阪メトロから天下茶屋で南海線に乗り換え、ほぼ2時間で行けます。

目指すは和歌山城公園動物園、小さい動物園のようですが、ペンギンやアルパカがいます、そして紀州犬とのお散歩も楽しめるよう。

もっと近いところだと、ひらかたパークにもアルパカはいるようですが、こちらは近すぎて旅行気分になれません。

お城がなくっちゃ!

 

 

子犬かな、柴よりひとまわり大きいはず。

散歩タイムに合わせて出かけます。

 

 

和歌山城、桜のシーズンがよさそうです。