お詫びの気持ち | malukingのブログ

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「父は機長だったので、ご遺族の方に対して私たちも遺族ですということは思ってはいません」

 これは、最近読んだ日航機墜落事故を起こした飛行機の機長の娘の発言だ。

 ちょっと飛躍かもしれないが、こういう事こそが、日本が太平洋戦争で迷惑をかけた各国に対して持ち続けなければならない気持ちなのではないだろうか?

「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」

 これは、安倍首相の戦後70年談話。ほぼ同時期に聞いたこの2つの発言が僕の中で繋がった。安倍首相の気持ちも分からないでもないが、それって加害者が言う事ではない。被害者の方が「もういいよ、君たちには何も関係ないんだから」と言ってもらうまで、謝り続けるべきだと思う。では、どうしたら被害者の気持ちが動くのか?それは、謝罪の本気度だ。逆に言えば、いまだに僕らが謝り続けなければいけないのは、これまでの世代の謝り方が誠意の見えない中途半端なものであったという事だ。「充分謝っている」という主張は通用しない。結果が出ていない以上それは、不充分という事だ。

 せっかくお詫びをしても、すぐ後に事実無根を主張してみたり、「あれは止むを得なかった」とか「実は良い事もしてたんだ」などと言っていたら、被害者は本気で謝られた気なんかする訳ない。思うのは勝手だが、被害者に聞こえるような場所で決して発してはならない。ましてや「いつまで謝りゃ良いんだよ!」と逆切れしていたら、永遠に謝意は届かない。この際だからちゃんと謝って本当に「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせ」ないようにしたい。それは、被害者に要求することではなく、自らが努力するしかない。安倍首相の言動によってまだまだ「宿命を背負」わなければならない事は間違いなさそうだ。