【市川すなお 「トロステーキ」/試し読み】
寒風吹き荒ぶ二月中旬の金曜日、日没後。
京橋でクライアントへのCMコンテ・プレゼンを無事に終えたホシノは、黒革のハーフコートに身を包み、ほっとし た気分で、しかし、凍えて肩を強張らせながら中央通りを歩いている。隣りでは、真っ赤なダウンジャケットを着た長身長髪のCMプランナー、エノキドが大股 で悠々と足を運んでいる。銀座の街並みの賑やかなネオン灯火が目に入ってくると、ホシノは広告代理店の営業として、たまには先輩風を吹かせてみたくなっ た。
「プレゼン済んだし、なにか旨いもん奢るぞ。何食いたい?」
「はあ、いいんすか」
「何食いたいか言えよ。若いから焼肉か、それともステーキとかがいいのかな。おう、そういやこのちょっと先にジャンボ餃子の旨い中華の店もあるぞ」
「そうすねえ。餃子もいいすね。でも、ぼく昼中華だったんで」
「そっか。じゃあ、やっぱり焼肉がいいか。中年になると焼肉と
かあんまり食わなくなるからなあ、店の開拓が疎かでね。いい店この辺にあったかな」
「銀座で焼肉とか高そうだから、いいですよ。チェーンの居酒屋とか行きましょうよ」
「なんだよ、遠慮すんなよ。んー、じゃあ、寿司にするか。回転とかじゃなくて、ちゃんとしたとこ。まあ、でも『久兵衛』とかは無理だぞ。どうせ予約しとかないと無理だしな」
つい、回転とかじゃなくて、と口を滑らせてしまったが、ホシノは銀座に行きつけの寿司屋があるわけじゃなし、でも、ちょっと歩くが東銀座の方まで足を伸ば せば、たしかファミレスみたいなチェーンの寿司屋があったな。ああいう店なら、お代もそうはかからないだろう、と中央通りから左に折れて小さな通りを歩き 出そうした。
「寿司、いいですね。でも寒いし近場の店がいいすね」
「近場ねえ」
ホシノが立ち止まって辺りを見回していると、背後から来たタクシーがその通りの目の前の車道で停車した。白いカシミアのロングコートを纏った、太った顎鬚の白髪男と、グレイの毛皮コートを羽織り髪を結い上げた、キャバ嬢らしき女が通りに降り立った。
「ここだよ。ここの寿司は旨いぞ」
太った白髪男は野太い声で、太い眉毛に大きな目のこってりした顔立ちで、無頼で知られた故大物男優の勝新太郎にそっくりで、いかにも精力旺盛といった感じだ。彼が女を従え、ホシノたちの前を横切っていく。
「あれ、同伴ってやつですかね」
エノキドが訊く。
「そうだね。明らかに」そう応じながら、ホシノが彼らの向った直ぐ左手の雑居ビル一階を見やると、エレベーター・ホールの直ぐ右手に、『江戸前寿司 銃兵衛』の暖簾があって、白髪男が勢いよくその暖簾を払い店内へ入っていく。
「『久兵衛』ならぬ『銃兵衛』って、しかも〈ジュウ〉が拳銃の〈銃〉なんて、なんかふざけてるけど、良さそうな寿司屋ですね」
エノキドが言う。
「まあ、いいか。寒いし、ここにすっか」
ちゃんとしたとこって、言っちまったしな。とホシノは内でひとりごち、ゆっくりした足取りでその寿司屋へと歩を進めた。
暖簾を潜ると、店内はカウンター席と四人掛けテーブルが二つあるだけのこじんまりした佇まいだった。テーブル席の片方に白髪男とキャバ嬢が通されていて、カウンター席の奥の方に背広姿の二人連れの中年男たちがいた。客はそれだけだった。
「いらっしゃい」
カウンター内の厨房にいる板前長が、猛禽類の目を彷彿させる鋭い眼差しをホシノたちに投げた。接客の言葉を吐きながらも笑顔はない。まだ、彼は四十前半だろ うか、五分刈り痩せ型でいかにも寿司職人に相応しい寡黙な雰囲気を漂わせている。坊主頭の板前見習いの兄ちゃんが、無愛想な板前長とは真逆に満面の笑みを 浮かべ、ホシノたちをカウンター席の真ん中に案内するとおしぼりを供した‥‥
(つづきは、本編にて!)
【出展ブース】
マルカフェ文藝部 イ-15
挿絵がおおきい物語 イ‐16
●マルカフェ文藝部「おすし」企画とは
●マルカフェ文藝部「おすし」企画のご紹介/装画チラり
【作品紹介】
石川友助 「こはだ」
カフェラテ 「たまご」
中川マルカ 「サーモン」
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【今後の予定】
4月25日(金) 犬神図書館長ご来店
5月 2日(金)、3日(土)、4日(日) おやすみ
5月 5日(月) マルカフェ文藝部/第18回文学フリマ出展
※営業時間内外、ご予約・貸切随時お承りしています★
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