今週ある園で、

3歳児を寝かしつけしていた時の話

 

その園では3歳児の寝かしつけを、保育者に混じって5歳児のお兄さん・お姉さんが、当番活動の一環として行っています。

 

寝かしつけ当番の時の5歳児は、

実に頼もしい!

 

興奮気味の3歳児を相手に、

優しいお兄さん・お姉さんオーラで近づき、

タオルケットをかけてあげて、

一言二言なにか言ったかと思えば、

軽めのタッチでトントン!

 

そしてびっくりするくらいすぐに、

興奮3歳児ストンと落ちるのです。

私には到底真似できない

超絶テクニック!

(笑)

 

その5歳児とて、様々なキャラクターがいるわけで、常時興奮しているような5歳児も当然まざっているのですが、結果は全て同じなのです。

 

寝かしつけの苦手な私には、到底なにが起きているのかわからない状態です。(笑)

 

この日も、お兄さん・お姉さんにトントンされることを楽しみに待っている3歳児の元に、5歳児のお兄さんがお兄さん然とした様子でやってきました。

 

一緒に寝かしつけをしている私と目があうと、お兄さんは同じ任務に就くもの同士軽く笑顔でアイコンタクトをとります。

 

「やってますね!」

「はい!

 お互いがんばりましょ!」

 

みたいな・・・(笑)

もはや、保育者と5歳児の関係を超えた

同志としてのアイコンタクト

 

 

そしてしばらくすると

3歳児がすっかり寝静まり・・

 

任務完了!

 

当番の先生を残して、お兄さんと私は部屋を後にします。

 

部屋を出るまでが任務です。

静かに・・

  静かに・・

 

そして、ドアを閉めたとたん!!!

 

「ねえ、抱っこして!

 僕のこと抱っこして!」

 

私にすがりつくお兄さん

 

そうです

お兄さんが任務を終えて、

普通の5歳児に戻る瞬間!

 

私は、おしくてたまらない気持ちで、ぎゅうーぎゅー抱きしめながら・・・

 

 

さっきまでの光景を思い出して、

食物連鎖??

(笑)・・でないことは確かなので、

 

 

いったいなに連鎖というのだろうと思ったのでした。(笑)

 

 

子どもの「自立」は、

「依存」「自立」を繰り返しながら進むものです。

それが極めて普通の発達です。

 

「自立」を望むのであれば、同じだけ「依存したい気持ち」け止めてあげる必要がありそうです。

 

ま、私は単純にお兄さんの任務後の豹変が、愛おしくて愛おしくて、頼まれなくてもぎゅーぎゅーちゅーちゅーしたいくらいでしたけど・・・(笑)

 

 

 

 

なんでも自分の思う通りには

いかないことを

子どものうちに

経験させておかないと!

 

教育現場においても、子育て現場においても、よく耳にするこの感じ。

 

先日も、学校で事例研究を行っている時に、この言葉が出てきました。

学校は、意図的・計画的・組織的に教育を展開していくものですから、当然学校教育のすべての活動において、意図があり、そしてそれは計画的に行われています。(・・はずです。)

 

ですから子どもの将来を見据えて育って欲しい姿目指して教育が施される。

学校が学校の役割を果たす為の基本と言えるでしょう。

 

きていれば、

自分の思う通りにならないこともある。

 

きていれば、

予測不能なことも起きる。

 

きていれば、

嬉しいこともあれば、

とてつもなく悲しいことも起きる。

 

 

んな時かわいい子ども達が、

絶望する姿は見たくない・・・

 

んな時かわいい子ども達には、

自分の力で問題解決をして、

また力強く前に進んで欲しい・・・

 

誰しも大人なら願うことでしょう。

 

だからこそ!!

何でも自分の思う通りにはいかないことを

子どものうちに経験させておかないと!

 

と大人は思うのです。

何歩も先を歩く、いわば ”大人の優しさ” なのでしょう。

 

でも・・・

私は、どうしても違和感が拭えないのです。

 

私はかつて、「自分の思う通りにいかない経験」を大人が意図的に施した行為によって、

何かを学んだことはあるだろうか?

 

・・・・

 

私の記憶が正しければ、私には学んだ記憶がないのです。ただ、その意図が子ども心によく見えていたので、

 

大きなお世話だよな

どうして上手く行っている時に限って、大人は出鼻をくじくのかな

 

そんな感想だけが残っています。(笑)

 

来たるべき将来に備えて、未経験であるより経験しておいた方がいい

それが間違っているとは思わないのです。

 

 

でも、経験させるタイミングって今なの?

 

 

ということを改めて見直したいのです。

思いや願いを込めて、同じ行為を行っても、タイミングが違えばそれは全くの別物になってしまいます。

 

もしかしたら、思いや願いが全く届かないどころが、子どもが ”自信” を蓄えている邪魔をしているかもしれません。

 

 

いいタイミングを狙うには、ちょっとした センス” が必要です!

 

場を見極めるセンス!

今を捉えるセンス!

 

センスのある人が行った行為には、どんなに意図があっても、受けた側には違和感が残りません。

そして、思いや願いも届きます

 

 

あまりナンセンスな味あわせばかりを繰り返して、子どもから「センスのない大人」呼ばわりされることは避けたいですし(笑)、それ以上に信頼を失いたくない!

 

と、私は思うのです。

 

さ、今日もせっせと磨きましょう!

 

 

 センス!Sense!

 センス!Sense!

 センス!Sense!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごちゃごちゃ 

もちゃもちゃ

人と絡み合いながら

コミュニケーションをとりながら

人と関わることが、今も昔も変わらず好きな私が・・・

 

一方では、

独りでじっとしている時間

子どもの頃からいつも確保していました。

 

私は独りでじっと・・・

何をしているのでしょうか?

長年わかりませんでした。

ただ、その時間が自分にはとても重要であると感じられていたのです。

 

幼児教育に携わっていると、しばしば 集団から外れて独りでいる子 に出会います。

一人で遊んでいたり・・

友達の遊びを見ていたり・・

ただそこに佇(たたず)んでいたり・・

 

大人はそれが気になります。

「友達とうまく関われないのだろうか?」

「仲間はずれにされているのか?」

 

そして保育者はしばしば批判を受けます。

「独りの子を放っておくのかしら?」

「全体に目が行き届いていないよね!」

 

と・・。

 

”大人の心配” ”保育者に向けられる目” も、当然そこには 真実 があります。真実がある以上、しっかりと対応していく必要があるのは当然です。

 

しかし同時に頭によぎるのは、

独りでいることは、悪なのか?

独りでいる自由は、ないのか?

 

子どもの時から一人で過ごす時間を大切にしてきた私なのに、対外的にこの意味を説明することができずにいました。

重要なことだと思いながらも説明ができない。説明ができないから安易な対応はできない

 

何とも不甲斐ない気持ちを抱えたまま、過ごしていたのです。

 

私にとって幼児教育に携わる日々は、同時に様々な不甲斐ない気持ちを蓄積する日々でもありました。

それがいっぱいいっぱいになり、私は再び幼児教育を学び直そうと考え、今に至ります。

 

そんな私が、やっと出会えた言葉・概念。

 

「内言(ないげん)を育てる」

 

内言とは・・

内語ともいう。発声を伴わずに自分自身の心のなかで用いる言葉。特に社会的交渉の機能をそなえる外言と対比される。他人との意志伝達のためではなく,思考の用具として,自己の行動を抑制統御,調整する機能をもつとされる。また発声までにいたらず,かつ目に見えないような微弱化された発語の運動をさすこともある。

ブリタニカ国際大百科辞典より

 

思考の用具であり、自己の行動を抑制、制御、調整する機能を持つ

”内言”

 

なんてすばらしい言葉でしょう!

それを持たない手はありません!

では是非 ”内言” を育てましょう!

 

となった時に、必要なのは

【しっとりとした時間】

【活発な状態】ではどうやら育たないようです。

 

 

しかし、内言が育つような状態にある時、もしかしたら他人の目には、

 

・元気がないのかしら?

・ひとりぼっちなの?

・ぼっとしているの?

・ぶつぶつ独り言を言っている

 

と映るかもしれません。

 

でもその時間こそが、黄金のアイテムである ”内言”生み育てていくのです。

 

 

子どもは元気にハツラツと!

ぼっとするのは時間の無駄!

 

日々私たちは世の中に溢れている脅迫じみた言葉や概念に、判断能力を奪われていると感じることがあります。

 

「内言(ないげん)を育てる」

 

ということを意識した時に、今まで気になっていた子ども達の行動の意味がわかったり、実は尊い時間を過ごしていたのだと気づくかもしれません。

 

今だから言えますが・・・

確かに独りで過ごしている時間、私の頭の中では沢山の言葉が行き交っていて、騒がしいのです。頭の中で色々と言ったり言い合ったりして、「なるほど・・」独り納得して、また人と関わる世界で行動をする。(笑)

おそらく私は ”内言” を育てていたのでしょう。

 

しかしまだまだ私には ”内言” が足りていないようです。引き続き育てて、きちんと自己抑制しなくては・・・(笑)

と、思う今日この頃なのです。