仕事としての幼児教育から離れ、20歳前後の大学生と一緒に、子どもに関わる活動をしてはじめて、私は自分の職業病に気がついたのです。
どうやらそれは、職業としての専門性を追求する過程で、同時に身につけてしまったようなのです。
それを一言で言えば「怯え」
学生と活動をしていると、時々、体と頭にズキューンという衝撃波が走るのです。それは例えば、安全確保の場面であったり、子どもや大人への説明場面においてです。
そのズキューンの衝撃波は、頭で考えて起きるのではなく、決まって反射的に起きるのです。
おそらくその場面は、仕事として幼児教育に携わっていると、必ず配慮を要する場面なのです。
最初はその衝撃波に焦り、体が動きそうになっていたのですが、実際何もしなかったからといって、そこで何か問題が起きるのか?といえば、大抵起きないのです。
それを繰り返しているうちに、自分の中に培われてしまった「怯え」の大きさに気づき驚いたのです。
何に対する「怯え」かといえば、それは「子どもを無事に家に帰す使命」であったり、「保護者への説明責任」であったり、「集団の威力」であったりと多岐に渡ります。
当然それは専門性でもありますが、度が過ぎればただの神経質です。そしてその神経質は、子どもから様々な機会を奪うことになります。
学生と活動をさせてもらえてことで、自分が失っていた大切なことに気がついたのです。
とはいえ今現在も、「ちょうどいいあんばい」はわかりませんが(笑)、何かを追求している途中にふと立ち止まることの大切さに、今更ながら気がついたのでした。