仕事としての幼児教育から離れ、20歳前後の大学生と一緒に、子どもに関わる活動をしてはじめて、私は自分の職業病に気がついたのです。

 

どうやらそれは、職業としての専門性を追求する過程で、同時に身につけてしまったようなのです。

 

それを一言で言えば「怯え」

 

学生と活動をしていると、時々、体と頭にズキューンという衝撃波が走るのです。それは例えば、安全確保の場面であったり、子どもや大人への説明場面においてです。

そのズキューンの衝撃波は、頭で考えて起きるのではなく、決まって反射的に起きるのです。

おそらくその場面は、仕事として幼児教育に携わっていると、必ず配慮を要する場面なのです。

 

最初はその衝撃波に焦り、体が動きそうになっていたのですが、実際何もしなかったからといって、そこで何か問題が起きるのか?といえば、大抵起きないのです。

それを繰り返しているうちに、自分の中に培われてしまった「怯え」の大きさに気づき驚いたのです。

 

何に対する「怯え」かといえば、それは「子どもを無事に家に帰す使命」であったり、「保護者への説明責任」であったり、「集団の威力」であったりと多岐に渡ります。

 

当然それは専門性でもありますが、度が過ぎればただの神経質です。そしてその神経質は、子どもから様々な機会を奪うことになります。

学生と活動をさせてもらえてことで、自分が失っていた大切なことに気がついたのです。

 

とはいえ今現在も、「ちょうどいいあんばい」はわかりませんが(笑)、何かを追求している途中にふと立ち止まることの大切さに、今更ながら気がついたのでした。

 幼児教育・保育の現場において、子どもとの付き合い方は、保育者によって意外に様々なものです。

先生然としている人もいれば、子どもにすっかり馴染んだ立ち位置を取る人いれば、のような懐で包み込む保育者もいます。

 

それには各々のキャラクターや、保育観が大きく影響しているものと思います。

 

その上で、私はおそらく子ども達のちょっと先行く人生の先輩として、子どもの役に立てるよう影に日向に働くことを目指しているのです。なかなか成りきれませんが・・・(笑)

ですから時々、ビジネス書に分類されているリーダー論的な本にも、ヒントをもらいに行くことがあるのですが、そこでこんな言葉に出会いました。

 

【良きリーダー達は、相手の世界観を大切にしながら、思いをエレガントに伝えて、人を動かします。】「人を動かす力」 著:椎名則夫より

 

「相手の世界観を大切にすること」は、まさに子どもに接する時の必須事項です。

しかも「思いをエレガントに伝えること」も、大人と子どもという絶対的な力の差がある関係においては、必須事項です。弱い相手を力でねじ伏せるような真似は、絶対にしてはいけないからです。

しいて言えば、最後の「人を動かす」という言葉は、教育・保育において適切ではないかもしれまんせんが・・・

 

結局、大人同士の世界も、対子どもとの世界も、人と関わることにおいては変わりがないのだと思うのです。

 

「子どもとどう向き合ったら良いのか?」そんな気持ちになったら、安易に答えを出さずに、とりあえず「大人を一生懸命やってみる!」というのも解決の糸口を見つける1つかもしれない・・・と思う今日この頃です。

 【知識】とは、簡単にいえば「ある事項について知っていること」または「経験や教育を通して人が獲得した技能」のことです。

 

それに対して、【知恵】とは「物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力」のことです。

 

【知識】過去の情報であるのに対して、【知恵】【知識】に基づいて新しく創造するものです。

 

つまり、【知識】だけあっても活用できる能力【知恵】がなければ意味がないということになります。

そう考えてみると、【知識】の詰め込みだけに奔走するのは、なんだかナンセンスに思えてきます。

 

改めて、【知識】【知恵】の関係を整理して、たくましく生きていけたらいいな・・・と思う今日この頃です。