12月になると
大掃除や一年の締めくくりの準備で
忙しく過ごしている方も多いのではないでしょうか

 


一年の終わりにお墓を掃除する人は
いるでしょうか?

私は先日、お墓掃除に行ってきました

 

 

 

「お墓参りしていますか?」
と聞かれたとき

なんとなく後ろめたさを感じたり
なんとなく胸の奥が静かになるのは
そこに理由の説明ができない何かがあるからだと思います

 

 

 

ご先祖様や亡くなった方が
応援してくれると言われることがありますが
それをどう受け取るかは人それぞれです

 

 

ただ、お墓参りというのは
亡くなった人に何かを祈るだけでなく
今の自分をそっと見つめ直す時間でもあります

 

 

 

私は、お墓の前に立つと
自然と今までのことを振り返ってしまいます
「今年はこんなことがありました」
「こんな挑戦をしました」
「うまくいかない時もあったけれど、なんとかやっています」

 

 

 

そうやって報告するように手を合わせていると
相手に伝えているようでいて
実は自分の心を整えていることに気づきます

 

 

 

お墓参りは
亡くなった人のためというより
自分の心を静かにするためにあるのかもしれません

 

 

 

私の尊敬する鍵山秀三郎さんの
好きな言葉があります

 

 

「心は取り出して磨くことはできないから、
代わりに磨けるものを磨くんです」

 

 

この言葉を聞いたとき
深く感銘を受けました

 

 

たしかに
心は目に見えないし

手に取ることもできない
だからこそ、代わりにできることをする

 

 

掃除をしたり
靴を揃えたり
身の回りを整えたり
丁寧な動作を積み重ねることで
自然と心も穏やかになっていくのです

 

 

 

墓石を磨くという行為も
きっと同じだと思います

 

 

雑巾を絞り
落ち葉を拾い
ゆっくり手を動かしていると
次第に思考が静まっていきます

 

 

磨いているのは石ですが
整っていくのは心の方です

 

 

亡くなった人に何を届けるというより
自分の心の中にあるざわつきや曇りが
ひとつずつ落ちていくような感覚があります

 

 

 

誰かの墓前に立つというのは
時間をかけて自分を整える行為なのかもしれません

 

 

 

深い祈りも
大きな願いも
特別な言葉もいりません

 

 

ただ、手を合わせるだけで
ふっと心に余白が生まれて
これから迎える一年に向けての
静かな準備が整っていきます

 

 

 

年末のお墓参りは
亡くなった方に会いに行く時間であり
同時に自分自身に戻る時間

 

 

墓石を磨きながら
知らず知らずのうちに
心の曇りを拭っているんだと思います

 

 

 

 

そして、誰にも邪魔されない静かな場所で
そっと自分に問いかけることができます

来年もまた、丁寧に生きていこうと

 


そんな気持ちを
思い出させてくれるのが
年末のお墓参りなのかもしれません