皆と入れ違いで、栞が座敷の前を通り、丈瑠が一人なので入ってくる。
「皆さんは?」
「すぐ戻る。茉子達はお前を探しに行った」
「ほんと?入れ違っちゃったかな。お庭にいたから」
栞が丈瑠の一歩手前で止まった。いつもなら、もう一歩前まで近付くが、丈瑠は家臣の前で殿様の顔を崩さないから、栞も近付けない。
「じゃあ台所かな。ついでにお茶を入れてきます。そろそろお茶の時間だし」
また振り返って出て行こうとする栞に、丈瑠が声を掛ける。
「人見知りか?」
栞が昨日からずっと無口なのに、丈瑠も気が付いていた。栞が誤魔化す様に笑顔で首を傾げて、丈瑠が小さくため息を吐いた。人見知りについては、人に何か言える立場ではない。
栞は何も答えずまた座敷を出て行きかける。
「皆、仲間はずれにはしないぞ?」
「分かってる」
座敷の入り口でそう言った時、流ノ介と千明が屋敷に戻ってきた源太と一緒にやってきた。栞は頭を下げると、台所の方へ行き、入れ違いに三人が座敷に入ってくる。
「早かったな」
源太を迎えに行った割にはすぐ帰ってきたので、丈瑠が声を掛ける。
「はい、ちょうど帰ってきた源太と、門の所で会ったものですから」
流ノ介が答えて、また正座する。
「栞ちゃん、丈瑠一人だとここ来るんだ。もしかして、俺たち邪魔?」
千明が、出て行った栞を気にする様に言う。
「なんだぁ?もしかして栞ちゃん、一緒にいないのか?」
源太が、千明の隣に腰を下ろしながら聞く。
「何か、あんま打ち解けてくんないんだよね。俺ら仲良くなりたいのに」
「人見知りなんだ」
丈瑠が小さく言って、三人が、驚いた様に丈瑠を見返す。
「栞さんもですか?」
「うわ、面倒臭いのが増えたよ」
「そりゃいけないなあ、何かきっかけ作んなきゃなぁ。・・・そういえば丈ちゃん、栞ちゃんにはもうちゃんと話したのかい?」
源太が思い付いた様に、声を上げる。
「何をだ」
「そりゃあ決まってんだろ。小さい頃泣き虫だっただの、お化け屋敷が怖くてお漏らししただの。いろんな武勇伝があるじゃあありませんか」
「源太っ」
丈瑠が思わず立ち上がる。
「えっ、言ってないんだ」
千明も楽しそうな顔をして、丈瑠がまた座ると横を向く。
「殿、それはちょっと。隠し事はいけません」
流ノ介まで責め口調だ。
「教えてあげよーうっと」
「それきっかけに、仲良くなれるかもしれねえし」
千明と源太が意気投合する。
「おい、待てお前達っ、絶対言うな」
丈瑠が慌てて立ち上がって口止めをする。
「お、丈瑠が慌てた」
「でもよお、もうじいちゃんが喋ってるかもしれないぜ」
源太が腕組みをして、頷きながら言う。
「あ、あるかも。お漏らしの事、俺らにばらしたのもじいちゃんだったし」
二人で勝手に話を進めて、丈瑠の眉間に思い切り皺が寄る。
その時、茉子がお茶を運んできて、黒子がおろおろしながら付いてくる。
「楽しそうね。何の話?」
「ああ姉さん、丈瑠が・・」
「千明っ」
丈瑠が声を上げて遮る。ことはと栞もやってくる。
千明と源太がにやにや笑って、丈瑠は仏頂面だ。茉子は首を傾げると、お茶を配り始める。
「おやつも栞はんが作ったんやて」
ことはが、全然気付かない様子でいちご大福を配る。
「たくさん作ったので、食べてくださいね」
お代わり用か、鉢に十数個並んだものを栞が真ん中に置いた。
「お、美味そう」
源太が早速食べようとするが、茉子の言葉で止まる。。
「あれ、彦間さんは?」
「呼んで参ります」
「いいよ、いいよ栞ちゃん。俺呼んでくるから」
立ち上がりかけた栞を止めると、千明がさっさと彦間の部屋の方へ行ってしまった。
「イチゴ大福って、作れるんだね」
茉子がイチゴ大福を皿ごと手にとって、しげしげと見つめながら、感心したように言う。
「割と簡単です」
まあ、栞にかかれば何でも簡単だろう。
「呼んでくれたら、いっしょに作ったのに」
「もう、私たち行った時には出来上がってたし」
茉子とことはが、ねえとお互いに顔を見合わせる。
「すみません、お昼も手伝って頂いたので、少しゆっくりして頂きたくて」
少し困った様に言う栞を、茉子が大福をまた下に戻して見る。
「でも、栞ちゃんはずっと働いてたんでしょ?」
「私は、平気です」
「え、でも、食事の用意に、丈瑠の稽古の相手もしてるんでしょ。学校の勉強もあるのに」
普通に考えれば全然平気ではない。
「それに、じいちゃんの仕事もだろ」
栞が笑顔で返した時、千明が戻ってきた。
「栞ちゃん、献立の事で相談があるからってじいちゃんが呼んでる。お茶は先に飲んでてくれって」
そう言いながら席へ戻る。交代に栞が席を立った。
「では、少し失礼します」
栞は、返答に少し困っていたので、ほっとして軽く会釈すると彦間の部屋の方へ出て行った。
「ほんと、礼儀正しいねぇ、栞ちゃんは。流ノ介みたいだ」
源太が栞の出て行った後を見ながら言う。
「私みたいというのは何だ」
「流ノ介よりお堅い感じ。敬語崩さないし」
言いかけた流ノ介を制して、茉子がお茶を飲みながら言う。
「でも、栞はん、前来た時より大分砕けてると思おたけど」
ことはが首を傾げて、皆がことはを見る。
「前は、きっちり着物着てはったし、もっと堅い言葉で話してたん。うちとあんまり歳変わらんのに、すごいなあって思うたん」
「え、もっとだったの?」
千明が驚く。
「私に対してもそうだった。昨日お会いした時、大分雰囲気が変わったと驚いたくらいだ」
流ノ介も同意する。
「そう言えば、ことは、お姫様みたいだって言ってたよね。でも、栞ちゃんは、もっとふんわりしてて、お姫様みたいじゃないよねって思ったんだ」
まあ、ここにいる事になってから、栞が変わったのは丈瑠も認めるが、丈瑠は何も言わない。
「へえ、馴染んであれなんだ。じゃあ、もうちょっと砕けさせようよ」
千明が、何か思い付いたようにな顔をして、
「俺、栞ちゃんの秘密知ってまーす」
と大福を囓りながら手を挙げる。
「何々?」
皆が身を乗り出し、丈瑠は驚いた顔で千明を見た。千明は、少し声を落として、内緒話をするような仕草をしてから、
「栞ちゃんて、丈瑠と二人の時にはタメ口なんだぜ」
と言う。
「ほんと?」
「なんか意外やわ」
と皆それぞれに驚く。
「さっき話してるとこちょっと聞いたもんね」
さっき入れ違いに入ってきた時かと、丈瑠が渋い顔をする。
「本当なの?丈瑠」
茉子が確認するが、丈瑠は答えない。
「聞いてみたい」
「私は、ちょっと」
流ノ介が遠慮する。
「それで、思い付いたんだけど」
千明がまた手を挙げる。
「なんだよ」
「俺ら隠れてて、丈瑠と二人にしてみようよ」
「え、なんか、盗み聞きみたいで。ねえ」
茉子が渋い顔をして、流ノ介とことはも頷く。
「でも、丈瑠には喋るんだったら、俺らにももうちょっと砕けて欲しいじゃん。栞ちゃんがタメ口になったら出てきて、もう俺ら聞いた後だったら、栞ちゃん敬語続けられないじゃん。そしたら、もっと砕けてくれるんじゃない?」
それには、茉子達も渋々頷く。
「千明」
丈瑠が怒った顔をする。皆と打ち解けられるのはいいが、そんな騙すような真似はしたくない。丈瑠にだけ見せる栞の姿を、皆に知られるのも嫌だった。
「何だ、丈ちゃん。みんなと仲良くなって欲しくないとか?」
「いや・・」
丈瑠が横を向く。
「丈瑠、ばらしたら、あの事言うからな」
千明が、にやっと笑って脅しを掛ける。
「千明っ」
丈瑠の眉間の皺が、みるみる濃くなった。
「あの事って?」
茉子が聞く。
「丈ちゃんの幼い頃のお話」
茉子が納得したように頷き、
「殿様が泣き虫だったってお話ですか?」
ことはが念を押して、丈瑠が顔を顰める
「そうそ。じゃあ、隠れようぜ」
さっさと立ち上がる千明を、皆が見上げる。隠れる場所などない。
「どこに?」
ここここと千明が指差したのは、奥に通じる襖だった。
「千明、私はそのような事は」
流ノ介が、反対意見を出しそうなのを、源太とことはに背中を押されて結局一緒に奥に入っていく。
「おい、お前達」
丈瑠が慌てて後を追おうとしたが、まあまあと宥められて行けない。襖を閉めるとちょうど栞が戻ってきた。
「丈瑠様?」
奥へ向かって立ち上がりかけている丈瑠に、栞が首を傾げる。
「皆様は?」
丈瑠一人になっている座敷を見回す。
「え、えーと、お手洗いとか・・・」
丈瑠が完全に挙動不審になる。襖の奥で、皆がその言い訳に呆れているだろう事は手に取るように分かるが、栞は特に気にしていない様に、少し微笑んで首を傾げた。
「では、お茶は片付けなくてよろしいですか?」
「ああ、すぐ戻るから」
そのまま丈瑠の隣に座った栞を丈瑠が見る。思い切り敬語のままだ。企みがばれた訳ではなさそうなのに。
「どうかされましたか?」
何故だろうと真顔で丈瑠が栞を見ているので、栞が首を傾げる。
「いや」
丈瑠が目を逸らした。千明の企みに気乗りはしなかったが、改めてこんなに敬語で話されると、拒絶された気分になる。千明もそれを何とかしたかったのかもしれない。
丈瑠が皆が隠れているはずの襖を見た。
その奥で耳を澄ましていた他の仲間は、千明を責めていた。
「ちょっと、思い切り敬語じゃない」
「え、さっきは確かに」
「なんて言ってたんだよ?」
「いや、よく聞き取れなかった」
「えー、聞き間違いじゃないの?」
「そうだ、私も一緒にいたのに聞いていない」
「千明ー」
「どうすんだよ、出るに出られないじゃないかよ」
「栞はん、うちらに仲間はずれにされたと思ったんとちゃう?」
「うわ、思い切り逆効果」
「出て行って謝る?」
そういう算段をしていると、彦間の声がした。
「お二人ですか。皆は?」
「ああ、すぐ戻る」
彦間が座る。
「お茶が冷めてしまいましたね。入れ直して参ります」
栞が席を立って、五人が奥から出てきた。
「お前達、何をしておる」
ぞろぞろと奥から出てくる家臣達に彦間が驚く。
「いやさ、千明が変な事言うもんだから俺たちも乗せられちゃって」
源太が言い訳をし、皆がそれぞれ席に付く。
「何をだ?」
「栞ちゃんが、丈瑠と二人きりだと敬語じゃないって」
彦間が笑った。
「して、どうだった?」
「敬語でした。我々に対するのと変わらず」
流ノ介が頷きながら言う。
彦間が含み笑いを浮かべて丈瑠を見て、丈瑠は目を逸らした。彦間は、丈瑠にだけ見せる栞の態度を知っている。
「栞殿は、あれが普通だ。わしもずっと一緒にいるが、態度は変わらん」
彦間が丈瑠のために誤魔化す。二人だけの特別な関係は、簡単には崩せないだろう。丈瑠が黙って頷く。
「何だ、やっぱり聞き間違いだったのかなあ」
千明が、がっかりしたように言う。
「じゃあ、俺のせいじゃないから、あの事言うなよ」
丈瑠が念を押す。
「あの事とは?」
彦間が首を傾げる。
「殿様が小さい頃は泣き虫だったってお話です」
ことはが笑顔で説明する。
「そのことでしたら、私が栞殿にはお話ししました」
彦間が、何を今更という風にさらっと言ってのける。
「ジイっ」
丈瑠が立ち上がって、千明と源太は、大笑いしている。
「やっぱじいちゃん、ばらしてたじゃん。じゃあ、お漏らしの事も?」
彦間が頷き、丈瑠が頭を抱えた。
栞がお茶を持って戻ってくる。
「皆様、戻られたんですね。新しいお茶をお持ちしました」
そう言って、黒子とお茶を配る。
「ごめんね、栞ちゃん。みんなでちょっとね」
茉子がいなくなった事を詫び、栞が別に気にしてませんと、首を振る。
「栞ちゃん、今夜は俺が寿司を握ってきてやるからな。今朝市場に行って、ネタを仕入れてきたんだ」
源太が腕を捲る。
「あ、それで源ちゃん、今朝いなかったんだ?」
皆も源太のいなかった理由に納得する。
「屋台もフランスから届いたから取りに行ってきた」
「うわ、送料高そう」
茉子が唖然とする。
「源太、お前屋台ごとフランスに行ってたのか」
流ノ介も呆れ顔だ。
「あったぼうよ。おれの商売道具だぜ」
「久し振りに源さんのお寿司楽しみやわ」
ことはが素直に喜ぶ。
「相変わらず普通なのか?」
「普通って言うな」
と言ってから、思い出したように額を押さえる。
「どしたの、源ちゃん」
「天使にも普通って言われた」
がっかりした様に言う源太にみんなが大笑いする。