第二十一幕 激戦後(たたかいのあと)
翌朝、約束通り、皆の見守る中、栞と千明の手合わせが始まり、結果は、千明の竹刀が一瞬で叩き落とされる。
「あ、ごめんなさい」
栞が瞬間固まってから千明に駆け寄り、千明が大丈夫大丈夫と手を振る。
「どうした栞、手加減するのを忘れたか?」
丈瑠も少し驚いてそれを見ていた。栞が手加減しないのを初めて見た気がした。
「すみません、つい・・・」
「ついって、何?ついって」
「栞殿は、ここへ来る前は姫のお相手、ここへ来てからは殿のお相手をしておる。そのつもりでお前の相手もしたと言う事だ」
「ん、だよそれ、じゃあ、まだ丈瑠には敵わないって事かよ」
千明がむくれる。
「さては稽古をサボっておったな」
「ちゃんとやってたよ」
彦間に叱られてむくれる千明に、栞が慌てる。
「今のは、千明さんが少し油断されたから」
「いいのいいの、栞ちゃん。千明が叱られるのはいつもの事だから。栞ちゃん強いんだね。千明が油断してなくても、栞ちゃんが勝ってたよ、きっと」
千明も充分強くなったのに、一瞬で勝ってしまった栞に、茉子も驚いていた。
「じゃあ、今度は流さんとやってみたら?」
ことはの提案に、茉子が手をひらひらさせる。
「あ、多分無理。栞ちゃん、今ので手加減の仕方分かったでしょ、もう本気出さないね」
さすがは茉子、見抜いている。
「栞は俺の相手をしろ」
丈瑠が竹刀を持って先を歩き、後から付いてくる栞に聞く。
「どうだ、人に勝った気分は」
「あまり気分良くありません」
丈瑠がため息を吐いて、そうかとだけ答えた。
丈瑠と栞の手合わせを他の四人が見ている。源太は朝早く出かけたままだ。
「栞ちゃんの剣、綺麗やね」
「ほんと、私より強いかも」
「侍になっても充分戦えんじゃね?」
「負けていられません」
流ノ介も、竹刀を振り始める。
その時、丈瑠から一本取れそうになった栞が、一瞬躊躇った。そして、結局丈瑠が取って、竹刀を下ろす。茉子はそれを見逃さなかった。他の皆を見るが、千明とことはは気付いていないようだ。流ノ介は竹刀を振っていて見ていない。
朝食の用意をすると言って、栞は稽古を先に上がり、汗を拭いている丈瑠に、茉子が近寄る。
「いつもなの?栞ちゃん」
丈瑠が、茉子には顔を向けずに目だけを向ける。
「さっき、丈瑠から一本取れそうだったのに、止めた」
丈瑠は応えない。
「丈瑠に勝ちたくないのかな」
答えるまでやめそうにない茉子に、丈瑠が小さく息を吐く。
「・・・人に勝つのは嫌いなんだ。さっき千明に勝ったのも気にしていた」
「なんで?」
茉子が怪訝な顔をする。強いのに弱い振りをするなど、茉子の性に合わない。
「そういう性格なんだ。そう育ってきたというか」
理由を聞かれても丈瑠も困る。それでも栞は丈瑠を助けるために、ちゃんと戦えた。
「そうなんだ、せっかく素質があるのにもったいないね」
残念そうに言う茉子に、丈瑠が顔を見ないまま呟く。
「あいつは侍じゃないから、戦う必要はない」
「ふうん」
茉子が意味ありげな笑顔で丈瑠を見る。
「何だ」
丈瑠の眉間に皺が寄った。
「ううん、何でもない」
そう言って茉子は離れた。
「え、稽古一緒にしたのに、朝ご飯も栞ちゃんが用意したの?」
朝食の席で、千明が驚きの声を上げた。
丈瑠と稽古する時も、栞が朝食の用意をする。黒子も手伝ってくれるが、ほとんど栞がするのが常だった。
「栞殿は、屋敷の仕事はほとんどしておられる。千明、お前と一緒にするな」
「じいちゃん、それ働かせすぎだよ。栞ちゃんも文句言わなきゃ」
千明に同意を求められても、栞は微笑むだけだ。
「じゃあ、お昼は私が手伝ってあげる」
どうしてそういう事になるのか、茉子の提案に男達は凍り付く。
「ま、待て、茉子。戦いがすんだばかりだ、ゆっくり休め」
流ノ介が慌てて止める。
「何よ。私だって、ハワイに行ってからずっとお母さんにお料理習ってたのよ。もう、文句言わせないんだから」
「じゃ、うちも手伝います」
助け船どころか、後押しする様にことはが言って、流ノ介と千明が頭を抱え、丈瑠がため息を吐く。話は聞いているが、実情を知らない栞は笑って頷いた。
そして昼食。
「いやあ、久しぶりに集まったのに、いきなりこれですか?」
流ノ介が戦き、丈瑠は既に諦めている。
「でも、いつもより見た目まともじゃね?」
千明が、首を傾げて言う。
「何よ、あんた達その言い方、私の練習の成果よ」
仕方がないので、男どもが一斉に口に入れた。
「あれ、食える」
「普通だ」
「まともだ」
「なんでだ?」
「何でって、何よ、あんた達」
「でも、茉子ちゃん、ほんまにおいしい」
茉子が胸を張る。
「なんかね、栞ちゃんと作ってたらね、不思議なの。栞ちゃんは手を出さないのに、あ、ここで火を止めなきゃ、とか、味付けはこのくらい。とか、分かっちゃって。私って、ここへ来て料理の才能が開花したのかも」
嬉しそうに、拳を作って天を見る茉子を、皆が唖然と見つめる。
「いや、それは違うと思うぞ、茉子」
「すごいの、姉さんじゃなくて、栞ちゃんじゃね?」
流ノ介と千明に否定されて、茉子が睨み返した。
午後から、栞は相変わらず黒子達と働いていて、皆とは一緒に過ごしていない。
「でさ、どんな感じなの?決められた許嫁って」
千明が、壁際の畳に座ったまま聞く。丈瑠は顰め面のまま答えない。
「まだ俺たち若いじゃん?こんな歳で結婚したくないし、相手くらい自分で見付けたくない?」
「こら、千明、お前と一緒にするな」
流ノ介は、床にきちんと正座している。
「千明、丈瑠が人並みに恋愛なんてできると思ってるの?」
茉子が無理無理とジェスチャーを付けながら千明に言う。
「茉子、どういう意味だ」
丈瑠が茉子を睨んで、千明が笑う。
「あ、姉さん、それはあるかも。丈瑠に恋愛は無理」
「お前達、殿になんて失礼な」
流ノ介が怒る。
「でも、流ノ介もそう思うだろ?」
逆に振られて、流ノ介も曖昧に頷く。
「え、まあ」
強く否定しない流ノ介を今度は丈瑠が睨む。
「うち、殿様と栞ちゃんお似合いだと思いますけど」
ことはは茉子の隣に座っている。
「まあ、お似合いっていやあお似合いだけどさ」
千明が言葉を濁して、茉子も頷く。
「何だ?」
丈瑠が仏頂面で先を促す。千明が頭を掻いた。
「何か、完璧すぎるって言うか、いかにも殿様の許嫁です。みたいな?」
上手く表現できなくて、ことはなど完全に首を傾げた。
「うーん、どちらかって言うと、丈瑠の許嫁って言うより彦間さんの助手?」
茉子もいい表現が思い付かない様な顔をする。
「殿の奥方になられたら、屋敷の事も彦間さんの仕事も、全部栞さんがされるのだから、今から出来ていて当然ではないか」
流ノ介が、何がおかしいという風に言い切る。
「そこなんだよ」
千明が、しっくり来ない訳がやっと分かった様に指摘して、茉子も頷いた。
「そうそ。屋敷の奥様にはぴったりだけど、肝心の丈瑠との関係がピンと来ないのよね」
「それそれ。俺もずっとそこが引っかかってたんだよ。だって、丈瑠、栞ちゃんといても俺らといる時と変わんねえじゃん。大体二人でいるのだって、昨夜、栞ちゃん迎えに行った時くらいっしょ。後は俺らと一緒だし、その時も、特に仲良くしてる訳でもないし、ちゃんと恋愛感情とかあんの?」
「それとも、殿様だから、決められた相手なら誰とでも結婚できるの?」
相変わらず茉子の辛辣な言葉だ。
丈瑠は完全に横を向いた。二人きりの時は充分仲がよい。でも、それを家臣の前で見せる訳にも行かない。栞も、何も言わなくてもその辺りはわきまえていて、いつもよりよそよそしい態度を取っている。
流ノ介とことはは、前に栞に会っていたから、許嫁は名ばかりだけではない事は知っているが、それでも、丈瑠の気持ちまでは分からない。
「ちゃんと構ってあげてるの?」
茉子が言っても、丈瑠は横を向いたままだ。
「何か、丈瑠の一番の苦手分野だよね」
「まあ、ずっと一緒にいるんだから、楽しくやんなきゃ。何なら俺が伝授してやろうか?」
千明が、丈瑠に勝てるものを見付けてかなり乗り気だ。
「いい」
丈瑠が即座に断る。
「で、その栞ちゃんはどこ?」
「台所やろか」
「連れてこよ。せっかくだから、仲良くなりたいし」
茉子が嫌に張り切って、ことはを連れて座敷を出ていく。
「あー。何か姉さんやる気出しちゃったよ」
千明が、その後ろ姿を見ながら呟いて、流ノ介と共にため息を吐く。
「丈瑠がちゃんと栞ちゃん構ってあげないからだよ」
「俺のせいか?」
いきなり千明に攻められて、丈瑠が驚く。
「まあまあ。それより千明、源太はまだ戻らないのか?」
流ノ介が突然言い出す。
「ああ、何か、荷物取りに行くって、朝早く出かけたままだけど」
「見に行ってみるか。殿もご一緒に」
「俺はいい」
丈瑠に断られて、流ノ介と千明が一緒に出て行った。