そして翌日、薫が丹波を連れてやってくる。
「元気にしていたか、丈瑠、日下部」
出迎えた丈瑠たちに、薫が声をかける。
「ご無沙汰しております、姫。今日はまた、突然のお越しで」
「栞に会いに来ただけだ。丹波にも付いてくるなと言ったのに」
薫が機嫌の悪そうな声を出す。
「姫、いけません、そのようなことを言っては。丹波にも立場がございます」
丈瑠の後ろに控えていた栞が、苦言を呈し、薫が栞を睨んだ。
「栞と話がある。部屋へ通せ。日下部、丹波を頼むぞ」
そう言うと、勝手知ったる他人の家とばかりにさっさと奥へ入っていく。
栞はそれを困った顔で見送ると、一礼してから薫に続いて奥へ入っていった。
残された丈瑠は、同じようにその後を見送っている彦間と丹波を見たが、その表情から、状況は分からなかった。
黒子に案内されたのは、栞の部屋に近い奥の部屋だった。
「栞、どういうつもりだ」
座るや否や、薫が声を上げる。
「姫、声を落としてください。聞こえます」
「姫は止めろ」
栞が、黒子からお茶を受け取ると薫の前に置く。黒子にも出て行ってもらった。
栞は俯いたまま黙っている。薫がしびれを切らしたように声を上げた。
「なぜここへ来たのだ。ちゃんと訳を話せ。お前と連絡が取れないから家に連絡したら、ここへ行儀見習いに来ていると聞いた。ここへ来る計画などなかっただろう。お前は大学へ入学したばかりじゃないか。本当はすぐにでもこちらへ飛んできたかったが、丹波に止められて今日まで待ったのだ」
栞は何も答えず、顔も上げない。
「栞、・・・父親の言うとおり丈瑠と結婚するつもりか」
薫が何とか自制して、声を抑える。
「・・・そのつもりはありません」
栞は俯いたまま答える。
「じゃあ、何だ、訳を話せ」
薫が切実な声を出す。栞がようやく顔を上げて極力声を抑えて話し始めた。
「ハナが、家の都合で仕事を辞めることになりました。もうあの家に私の味方はいません」
「だからって、ここへ来ることはないだろう。うちへ来ればよい」
「大丈夫です。私が薫様を裏切ることはありません」
「じゃあ、どうして」
薫の言葉を栞が遮る。
「信じては頂けませんか?」
静かに言う栞の言葉を聞いて、薫は大きくため息をついて、声を落とした。
「この状況で、信じろという方が無理だ。これでは、お前の父親の思うがままではないか。お前もそれを後押ししているとしか思えぬ。・・・・お前の気持ちをハナに聞いた。本当なのか?だとすれば、こうした方がお前の望みは叶うはず」
栞は俯いて答えない。
「栞、きちんと答えぬと、丈瑠に全て話す」
栞がため息をついた。
「姫、私は姫をよく存じております。姫も私の事をご存じでしょう?私が、父の示した状況を黙って受け入れるとでもお思いですか?」
栞が、強い視線で薫を見つめる。
「思ってはいない。だから今までお前を信用していた。では何故ここへ来た。ちゃんと話せ。これでは信用できない。」
栞がようやく話し出した。
「一つ、思い付いた事があります。内容はまだ明かせません。うまくいけば、こちらの切り札となり得ます。父に隠れてそれを行うために、家を出る必要がありました。姫の元では警戒されるだけです。だから父に頼みました。丈瑠様といきなり結婚させられるより、しばらくそばで過ごしてみたいと。父もその方が計画が上手くいくかもしれないと、すぐに承諾してくれました」
「相変わらずの計算尽くだな」
薫が感心したように言う。栞はほめられている訳ではないと知っていて、少し笑った。
「父は私が自分の思い通りに動いていると思っています。家へ連絡したのなら、姫がここへ来た事は父も知ったはず。私は関係ないと思わせてください」
「・・・私が今日来たのは、まずかったのか?」
薫がようやくそのことに気付いた様な顔をする。
「はい、とてもよくない状況です。父に、姫とは関係ないと思わせるため連絡も絶っておりましたから」
栞が素直に薫の行動を非難する。
「すまない」
薫も素直に謝る。
「すまないと思われるなら、少しお力をお借りしたいのですが」
「何だ?」
栞が膝を詰めて、声を抑える。
「信頼できる者を一人お貸しください。怪しまれずに屋敷から出るのが難しくて、外と連絡が取れません。黒子と行動を共にすれば、何とかなると思ったののですが、なかなか上手くいかず」
「大学にここから通えば、楽に出られるではないか」
薫が簡単に言い、栞は困ったように笑った。
「行儀見習いに来たのに、大学に通っては本末転倒です」
「まあ、そうだな。・・・分かった。明日にでも来させる。でも、どうやって?こちらから人を送れば、日下部も丈瑠も怪しむ。お前の父にも気付かれるのではないか?」
「できれば、黒子になれる者を。黒子の出入りなら、怪しまれずにできます。彦間殿には、私の監視だとお伝えください」
「お前のか?」
「彦間殿は、何らかの事情をご存じです。父達の思惑も或いは。だから、私が父の差し金ではないかと疑っているとおっしゃってください。それで監視を付けると言えば、簡単に受け入れてくれるでしょう」
「しかし、それでは、日下部にお前が疑われるのではないか?」
「構いません。事が済むまでの間ですから」
薫が、少し間をおいてから頷いた。
「分かった。それで?」
「こちらへ入るためにはそれでいいでしょう。後は父の目を誤魔化すため、姫から私に渡す物があるから、黒子に取りに来させるよう頼んでください。監視が付いているようでしたら、その時黒子を入れ替えて、もう一人は、夜に紛れてでも帰してください」
「栞、それで何をするつもりだ?」
「まだ言えません。こちらへやる方から聞こうともしないでください。父に怪しまれたらおしまいです。多分、これが最後の切り札です」
薫はため息をついた。
「お前、私が今日来ると聞いて、全て計算しただろう」
あまりにすらすらと計画を話す栞を薫がにらむ。
「姫が来られて、ちょうどよかったです。誰か人手が欲しかったので」
栞がにっこりと微笑む。
「全然まずい状況ではないではないか。まさか最初からそのつもりで、最初の沈黙も芝居か?」
薫が舌打ちをする。
「姫は、ただのお願いじゃ素直に聞いてくれませんでしょう?もう了解されましたから、取り消せません」
「分かった分かった。お前には敵わない。で、明日、何が欲しい?せっかくだ、欲しい物を用意してやる」
栞が少し考えて、笑顔になった。