第四幕 前志葉家当主(かおる)
栞が志葉家に来て一月が過ぎたある日、座敷で丈瑠と栞がお茶を飲んでいた。彦間は来客中だ。丈瑠ももうすっかり、栞とも家臣達に接していたように接し、栞もよく話しかけるようになっていた。
その日の茶菓子は、チョコブラウニー。栞が作ったものだった。
「黒子さんたちの用意するのは、和菓子ばかりなので、たまにはどうかと思いまして」
「ああ」
丈瑠が一口囓る。感想を待ってじっと見ている栞に、おいしいという風に頷くと、栞がにっこりと笑う。
「でも、緑茶じゃなくて、コーヒーの方が合うと思うんですけど、そこは黒子さんが譲ってくれなくて。どちらがいいですか?」
「どっちでもいい」
そういう事には頓着がない。栞が少し口を尖らせたが、丈瑠がそういう性格だともう分かっているので、あまり気にせずすぐにまた笑顔になる。
「丈瑠様、他にどんなお菓子が好きですか?簡単なものなら作れます」
「たとえば?」
「・・・シュークリームとか、チーズケーキ、プリンとか」
丈瑠が、いきなり口元を押さえて笑いを堪えるような仕草をして、栞が首を傾げる。
「ジイが食べてるところを想像した」
栞も思わず吹き出して、二人で笑い出す。
そこへ彦間がやってきた。
「ずいぶんと楽しそうですなあ。お邪魔でしたかな?」
からかいながら座ると、すぐに黒子がお茶を前に置く。
「で、何の話だった?」
丈瑠がからかいには乗らず、咳払いをして彦間に向き直る。その日、彦間を尋ねてきたのは薫の所の黒子だった。
「いえ、明日、姫がこちらへおいでになると」
「母上が?何の用だ?」
「それが、栞殿をお訪ねになるそうで」
二人の邪魔をしないようにしていた栞が、突然名前を出されて、驚いたように彦間を見る。
「栞殿は、姫と近しいと」
「薫様ですか?はい。父と丹波が懇意にしておりまして、家もそう遠くなかったので、幼い頃から姫のお相手をよく務めておりました」
栞が答える。
「栞の剣の腕も、モヂカラも、母上の相手をしていたからなのか?」
丈瑠が初めて知った事実に驚いた声を出す。それならば、丈瑠の相手も充分果たせるはずだ。
「栞は秘密が多いな。ジイは知ってたのか」
丈瑠が一人知らなかった事に顔をしかめ、彦間は笑っている。栞は困ったように俯いた。
「それで、姫が来られるご用件は分かりますか?」
彦間に聞かれて、栞は考えるような顔をする。
「私がこちらへ参る時、薫様に連絡しそびれておりましたので、お怒りなのかもしれません・・・」
彦間が曖昧な表情で頷いた。
夜、栞は部屋で机に向かう。
明日薫が来る。薫に黙って屋敷に来たのだ。いつかはばれるとは思っていたが、とにかく面倒なことにならないようにしなければ。
栞の計画はなかなか進んでいなかった。薫が来るなら、誰か人を借りられるかもしれない。その算段に思いを巡らす。栞は取り敢えずの思案を重ね、翌日を待つことにした。