M. L. ステイリー 作 「盗まれた心」(10)
The Stolen Mind By M. L. Staley


*** [盗まれた心 (9)] のつづき ***


クラークソン氏は、「まずは、こんなふうに端まで行って」と言って、厚板に通じる踏み段を足取り軽く進んで行った。「梯子を降りて、タンクの中に入る。液体の温度は体温と同じだ。強い酸性でもないし刺激性のものでもない。体に害はないし、不快な感を覚えることもない。

「君が潜ってしまうまで、君の手を持っておく。それで、君の心は私のうちにある、分かるな? -- フィリップの心の中へ入り込む準備が出来たら、私のエージェントとして行動するのだ。ものすごく単純だ。さあ、やってみよう」

その通路に上ると、クエストは思わず身震いをした。情けない気がして、そんな感覚を払い除ける。何も危険なことはない。それに、挑戦なんて珍しくない。迷わず行動に出たことなど100回は下らない。そう自分に言い聞かせたクエストは、我にもあらずとりつかれた臆病風を振り払うべく、思い切ってさっと前に進んだ。

厚板の上を軽快に歩いてクレイソン氏を追い越すと、クエストは段の一番下まで一気に下ったが、クレイソン氏は頭を下向きにしてクエストを見ていた。

「ぼくだけで大丈夫です」 鬱陶しく思ったクエストが言った。「自分が何をすればいいのか、完全に分かってますから」

「曲芸が出来るかどうか試してるんだ」 クレイソン氏が機嫌の良い声を出した。「ちょっとだけだ」

クレイソン氏はバランスをとろうとするように体をくねらせたが、本当は、自由な方の手を伸ばして厚板のわきのボタンを押すところを見せないようにするためだった。すぐに壁のコンセントの上を下向きに装置が回転し、浸透液がクエストの腰まで達した。

「もう、いいですよ!」 固く握られているクレイソン氏の手を振りほどこうとしながらクエストが大声を出した。「もう、行って下さい!」

しかしクレイソン氏は必死の形相で、手を握りしめたままである。厚板が再び下向きに傾いて、液体が激しく降り注ぎ、クエストの姿は水面下に没した。

クレイソン氏は猫のような素早さで梯子段をよじ登って厚板の根方に戻ると、クエストを導く時に用いたチョークの印を消して別の印に変え、ニタリと笑ってスイッチをマイナス側に倒した。厚板がゆっくりと元の位置に戻り、空の梯子段が液体から出てくる。

クレイソン氏はしばらくの間そこに立って、口の中でもぐもぐと呟き、海中の化け物の触手さながらに両手を組んだりほぐしたりしながら、大釜を覗き込む魔女のように、解離槽の輝く色彩の輪を眺めていた。それから、魔力が急に消えてしまったみたいに、踵を返して照明のスイッチを切った。通路を急ぎ足でオフィスの方へ向かっていく時、不吉な音を立てて閉まるドアの音をエアロックがかき消した。


   *   *   *   *   *

(つづく)