M. L. ステイリー 作 「盗まれた心」(7)
The Stolen Mind By M. L. Staley


*** [盗まれた心 (6)] のつづき ***


クレソン氏がドアを閉めて出ていってからしばらくは、クエストはじっと椅子に坐っていたが、やがて立ち上がると、かけられた魔法から自由になろうとするかのように、濡れ犬のように身を震わせた。クレイソン氏の話に惹き付けられもしたが、同時に反発も覚えたし、刺激的な薬物の服用によって神経がすり減ってしまって、すべての面で最善の注意を払うべき時なのに、気持ちが動転しているといったふうな具合だ。

見えない光だとか、心が肉体から離脱するとか、意思に振動波動があるとか ・・・ 雲をつかむような話だ。本当のことなのか、それとも想像上のことなのか。このキーン・クレイソンという人は、偉大な発明家か、さもなくば狂人だ。そもそも、フィリップという名の弟は実在するんだろうか、もしかしたら想像上の悪漢ではないのか? 本当に助けを必要としているのだろうか、それとも勝手にやらせておけばいいのか?

ふいにプロ意識が目覚めてきた -- 待て、待て、落ち着け。指の下で溶けてくれないかと半分期待しながら、クエストは拳でテーブルを叩いてみたのだが、その感覚と音にはっとした。テーブルの向こう端に投函用の郵便物を入れる箱があったのだ。そうだ、こうしよう。クエストはポケットから紙片を取り出して、こう書きつけた:

6ストロークの4 -- 午前9:45 -- 採用。48時間以内に連絡なければ、強く叩け (*)

切手を貼った封筒に宛名を書き入れて、投函用の郵便物として紛れ込ませるのに時間は要しなかったが、ギリギリだった。ドアがバタンと開いて、クレイソン氏が部屋に飛び込んできたので、クエストは何食わぬ顔を装った。

「すぐに取り掛からなくてはならなくなった」とクレイソン氏が甲高い声を上げた。「フィリップが、今日中に取引をまとめようとしているんだ」

クエストは思わず椅子から跳ね起きた。クレイソン氏が宥めるようにクエストの肩を叩いた。

「大丈夫だ」 とクレイソン氏が微笑んだ。「準備は出来ている。今日の午後、我々は行動に移って、18時間以内にあいつを打ち負かしてやるのだ。

「ああ、そうだ」 とクレイソン氏が言葉を切った。「エージェントの意思波動がコントロールの体に入るや、コントロールは、それをまだ別人のものである体に改めて移送することが出来る、ということを言っておかなくてはならなかったな。

「私が優れた性質を持つ人間を求めて広告を出した理由が、もう分かったろう。君には私のエージェントとしてフィリップの体に入ってもらいたいのだ、そして君の意思は弟の体の中に入るやいなや始まる支配への闘いに勝利するだけの強さがなければならない。君は私の制御下に入ったままだが、君の意思そのものは、フィリップを圧倒するだけの強さを持っていなければならない。私は君を導くが、君には君の強さがなければならないのだ。分かるな?」


   *   *   *   *   *

(つづく)


* 「6月4日午前9時45分に採用された。48時間以内にぼくから連絡がなかったら、非常事態が起こったと思ってくれ」 という意味かと思われる。