またしても、御無沙汰です。

とうとう、四月。新年度の始まりですね。

今の時点の私は風来坊なので、自分の乗るべき風を見つけたいと思います。


色々と、新しいこともしようと思うこの春。

うちのひとつが、勉強です。

思えば勉強は「新しいこと」ではないのですが、これからの人生で、無期限に勉強していくことは「新しいこと」なので、掲げてみました。

少しずつ、資料とか勉強の内容とか、このblogに記していこうと思います。


将来の為にお金も貯めて。

一人暮らしできるように、いろんな面を整えて。

有意義な一年にしたいです!




りあかるも * 詩文と日常の発露 *-100319_1532~01.JPG




ずっと飲みたかったプレス珈琲。
本を読みながらまったり満喫します。
本は『省察』
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一日ひとつ卵を食べることにしています。
いつも朝に食べてるんだけど、今日は今からごはんたいむ!
オムハンバーグ丼だって。おいしそう……
それでは感謝して、いただきます。
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お返事まだなんだけど(夜には必ず)、リアルタイム!
懐かしい味!



戦時中の暮らしについて少し調べていました。

半世紀も経つと、その時どんなふうに人が暮らしていたのか、食べ物はどんなものが主流だったのか、時代の空気はどんな感じだったのか、何があって何がなかったのか、正確につかむことはできなくなりますね。

その時代で記されたものとか、日記とか、そういうものなら信憑性は高いのでしょう。

が、あの時代を生きて今生存していらっしゃる方々の話を聞く時は注意しなければなあと思います。

食べ物、着るもの、電車の仕組み、慣例。そういった事実だけならば信じても良いと思うけど、例えば時代の空気とか、人々はどんな感情で日々暮らしていたのかとか、そういう主観が入るものは危うい気がして。


よく考えれば、十年前を振り返っても同じことが言えると思います。

私も十年前はしっかりはっきり物心は持っていたし、それなりの年齢だったけれど、いざ当時のことを語れ、と言われると難しいです。

携帯電話がなかった時代にも生きていた筈なのに、携帯がなかった頃どんな風に生きていたか、その感覚を思い出せない。

パソコンが主流でなかった時代もあった筈なのに、ワープロからパソコンに変化した頃の自分の気持ちを覚えていない。

十年前、世間はどんな風で、みんなどんな気持ちで日々を過ごしていたのか、語ることはできない。


十年前でさえこんなにあやふやなのに、昔日のことを正確に語れるのだろうか。


そういうことを考えると、いつかの未来に役立つよう、今の生活とか、世の中の動きとか、そういうことを書き記していようかなあと思ったりします。

未来から今を見て、どんなところが変わったりするのかよくわからないから、書き零すこともあるかも。

でも、とても楽しいと思うんですよね。何十年か後にそれを見返した時なんかに。