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お酒を飲むと眠れなくなる、という体質を忘れていました。
おかげで夜更かしに睡眠不足で、朝の時間が足りません。

他の事情とも重なって苛々してしまいます。
身の振り方を考えないと。

あーあ。歯磨きで嫌なこと全部流れちゃえばいいのに!


 



ひょんなご縁で知り合った(どんなご縁でしたっけ?)、彦松洋介さん 。その方の所属する劇団『るぼわーる 』の最新劇『うつせみ』を観劇して参りました。しかも千秋楽に。練りに練られた劇を。

この劇を見ることが、東京旅行の最大の目的でした。


パンフレットが今手元に無いという「お前本気で感想を述べる気があるのか」と言われそうな状況ですが許してくださいっ。だって家に送付しちゃったんだもの!(今は旅行先の京都に居ます)

それでは感想を。

の前に。


実は、私も少し演劇をかじっていて、だから劇関係を見る時、どうしても『役者サイド』で見ちゃうんです。この演出がいいなぁとか、音響照明の使い方とか、服装とか舞台装置だとか……酷い癖です。

で、そんなもんだから、見る時もアンケート、メモ用紙みたいにぐちゃって書いてしまうんです。言葉の切れ端を書いておいて、忘れないようにって。

だから、るぼわーるのみなさんにお出ししたアンケート、酷い有様で(汗)本当に見てたのかお前!と言われても仕方ない、そんな状況で。

ただ言えるのは、いつもならがりがりと書き続けるメモをとる手が、ぴたんっと止まってしまった、そんな劇でした。見るのに夢中、と言いましょうか。

それが全てを物語る劇でした。


るぼわーるの劇を見るのは今回が初めてでした。

まるでミュージカルのような、歌って踊る華やかな演出。今回観賞した劇は特に『物語』というイメージが強かったので、その歌と踊りにぐいっと引き込まれました。

この劇の物語性は――といっても、他のるぼわーる作品もそうかもしれませんが――、題材ととある演出が醸し出していたと思います。

ひとつ、江戸川乱歩という題材。江戸川乱歩が、彼の生み出した明智小五郎と共に推理していく、というまさに江戸川乱歩の書き記したひとつの話のような題材が、実在した人物である江戸川乱歩と物語の主人公江戸川乱歩の二重構造を引き起こしていると感じました。そこに生まれる物語性。

もうひとつは、冒頭に現れる劇名『うつせみ』の文字が描かれた行灯です。まるで映画のような演出方法です。もしくは、本。今から始る劇は『うつせみ』と名のついた一つの劇――物語である、と明言されるわけです。それがもうひとつの物語性。

素晴らしい演出だと思いました。バランスが取れている。きっともっと現実的な芝居であれば、この演出は客を興ざめさせてしまうでしょう。物語性をさらに高めると言う意味で、この演出は最高でした。行灯も素敵でしたし。


舞台装置もシンプルながらに考え込まれていて、格子を動かすことで場面ががらりと変わります。やっぱり抽象的な大道具はいいですね。イマジネーションが広がって、世界が沢山持てるから。

格子と、照明。その掛け算の素晴らしさ。


照明と言えば。


江戸川乱歩の最初の長台詞の時。江戸川乱歩自身にだけピンスポがあたり、周りが逆に影だけになったんですね。人が沢山居て、それぞれがポーズを決めて静止している、その影。

長台詞って、演出大変なんですよ。だれるから。動きやすい長台詞ならいいですが、冒頭の冒頭で、しかも動きがない(つけることが困難な)長台詞って、役者も観客も辛いんです。

だけど、台詞の一区切りの場所で、周りの人影が、まるで何かを予感させるように動くんです!あの演出は凄いなぁと感心しました。あの動きがあったから、長台詞もだれなかったと思いましたし、物語の始まりを予感させました。

逆光で人影になる箇所は何箇所かありましたが、ここが一番素敵でした。


衣装も凄い!華やかで……モダンな街娘の衣装と夜会のドレスがひとつの衣装で出来てる!と気付いて興奮しました。振袖も華やかで美しいものでしたし。着物の着付け、大変だろうになと変なところで感心しました(笑)

振袖って、動くの大変なのに(あの長い袂が邪魔なんですよ)、それを感じさせない役者さんの演技力も素晴らしかったです。


そうなの、役者さんの演技もね、よかったんです。なんて言えばいいのか……見事に演劇的で、でもブレが無くて。ああ、もどかしい!(笑)

上手かった、の一言で済ませていいですか(笑)


音響、全部オリジナルだそうです。すごい!

音楽が素敵なんですよ。プラス、歌も歌うから、その相乗効果が凄まじい。みなさん歌もお上手だったので。

特に、最後あたりの朝子(字があっているか心配です)と名前の出てこなかった(はず)の少女とのハモりが。そしてそれが途切れる瞬間が最高に涙を誘います。


最後の幕の引き方。

どうとでも取れる解釈なので、想像が膨らみます。

朝子が名前を尋ねたが、ついに語られることのなかった少女の名。その意味は?

出てきた少女が西園寺の横を素通りして行った、その意味は?

朝子が少女の名前を貰ってしまったので、ついに少女の名前は永遠に誰も知ることがなくなった、という意味なのか。それとも、最後の最後で少女は名前の交換を拒否し、名乗らなかったのか(だから西園寺の横を素通りして行ったのか)

すごくすごく、深読みできちゃう。恐ろしい(笑)

これで名前が出ていたらもっと恐ろしい(笑)



「ふたりは、出会うべきではなかった?」

これを、一緒に観劇した方と少しお話しました。

得るものがあれば失うものがあり、どちらに比重が置かれるかで、きっと結末は変わるのでしょう。


あんまり感想になっていませんが、素敵な劇でした。

もしまた公演があれば、観にいきたいと思います。

キャスト、スタッフの皆様方。お疲れ様でした。ゆっくりとお休み下さい。

素敵な劇を、ありがとうございました!




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やっと酔いから回復です。またしても簡単なまとめです。
小説風。


私がその地に別れを告げた日、空が泣いた。
通勤ラッシュ――その言葉を忘れていた私も、心で泣いた。
別れの日、この三日間行きつけにしていたフレッシュジュース店で別れの杯を二杯飲み干し、私はやっと悲しみに打ち勝つことができた。

さよなら東京、さよなら出会ったたくさんのものよ。

別れを告げ、西へと向かえば、空は笑って出迎えてくれた。
私は太陽の恩恵を受け、去年の旅をなぞるように清水寺へと歩を進めた。
ガラス細工の美しい店に、小さな小さな小物やさん。小物屋の店主は私を覚えていた……などという奇跡はなかったけれど、去年の話をすると会話が弾んだ。
きっとまた、私はここを訪れるだろう。もらった匂い袋と百人一首の歌につられて。

そして清水寺で去年と同じくところてんを食べた。懐かしい。ひやしあめの甘辛さは新たな記憶となった。
胎内めぐりの後は、御本尊への参拝。私は運がいい。次に御開帳されるのは25年後だという。蝋燭に家族それぞれの願いを託して、見上げた仏たちは圧巻だった。
私は数年前から、仏像を見ると涙が溢れるようになった。大人になったからなのだろうか。それとも恩師の影響か。
目的の地主神社は縁結びを主としている。私も良縁を祈願したが、まさかそこで、その為に今ある悪縁を断ってくださいと神にお願いしたのは私くらいのものだろう。

清水寺。
そこで私は龍に出会った。

荘厳なる行列と凛々しい龍の姿は、私の頭の中にだけ焼き付けた。携帯やカメラで撮ってしまうと、龍が俗なものになってしまい、神聖が失われてしまうと感じたからだ。
龍は、私のなかで守られた。私にとって、あの一部始終は永遠に聖なるものだろう。

清水寺を後にし、私は次なる地、二条方面へと向かった。
一保堂という茶屋を訪れるためだ。
私は無事に辿りつき、そこでお抹茶と茶菓子(秋の虫という名だった)を頂いた。耳をすませばりんりんと、秋が聞こえてくる気がした。
恩師へとお抹茶を買うと(名を「音づれの白」としてもらった)、私は友人と出会うべく京都駅へと戻った。
足の疲れが限界だったので歩きやすい靴――あのゴム製の――を買ってみたが、やはり合わない。靴との出会いを急ぎすぎたのだろう。

しかし幾分か楽になった私は、友人と再会し、会食した。
楽しみすぎて飲み過ぎたのはご愛嬌ということにしていただきたい。
彼女にはホテルまで送ってもらった。少し反省しなければならないところだろう。

そして、休息。
京都での一日目はこうして幕を閉じた。


こんな感じでした。
実際はもっと、ふらっとした感じです。
さ迷いましたからね(笑)

明日も人に会います。
一人旅なのに人に会いすぎですね、私(笑)


 
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今日はこっちにいる友達と夕食一緒にしました。

酔ってますーダメだわまとめられない。

写真は、見上げたらおっきな羽根みたいな雲があったのでそれ。
天使の羽根かなあっ。