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やっと酔いから回復です。またしても簡単なまとめです。
小説風。


私がその地に別れを告げた日、空が泣いた。
通勤ラッシュ――その言葉を忘れていた私も、心で泣いた。
別れの日、この三日間行きつけにしていたフレッシュジュース店で別れの杯を二杯飲み干し、私はやっと悲しみに打ち勝つことができた。

さよなら東京、さよなら出会ったたくさんのものよ。

別れを告げ、西へと向かえば、空は笑って出迎えてくれた。
私は太陽の恩恵を受け、去年の旅をなぞるように清水寺へと歩を進めた。
ガラス細工の美しい店に、小さな小さな小物やさん。小物屋の店主は私を覚えていた……などという奇跡はなかったけれど、去年の話をすると会話が弾んだ。
きっとまた、私はここを訪れるだろう。もらった匂い袋と百人一首の歌につられて。

そして清水寺で去年と同じくところてんを食べた。懐かしい。ひやしあめの甘辛さは新たな記憶となった。
胎内めぐりの後は、御本尊への参拝。私は運がいい。次に御開帳されるのは25年後だという。蝋燭に家族それぞれの願いを託して、見上げた仏たちは圧巻だった。
私は数年前から、仏像を見ると涙が溢れるようになった。大人になったからなのだろうか。それとも恩師の影響か。
目的の地主神社は縁結びを主としている。私も良縁を祈願したが、まさかそこで、その為に今ある悪縁を断ってくださいと神にお願いしたのは私くらいのものだろう。

清水寺。
そこで私は龍に出会った。

荘厳なる行列と凛々しい龍の姿は、私の頭の中にだけ焼き付けた。携帯やカメラで撮ってしまうと、龍が俗なものになってしまい、神聖が失われてしまうと感じたからだ。
龍は、私のなかで守られた。私にとって、あの一部始終は永遠に聖なるものだろう。

清水寺を後にし、私は次なる地、二条方面へと向かった。
一保堂という茶屋を訪れるためだ。
私は無事に辿りつき、そこでお抹茶と茶菓子(秋の虫という名だった)を頂いた。耳をすませばりんりんと、秋が聞こえてくる気がした。
恩師へとお抹茶を買うと(名を「音づれの白」としてもらった)、私は友人と出会うべく京都駅へと戻った。
足の疲れが限界だったので歩きやすい靴――あのゴム製の――を買ってみたが、やはり合わない。靴との出会いを急ぎすぎたのだろう。

しかし幾分か楽になった私は、友人と再会し、会食した。
楽しみすぎて飲み過ぎたのはご愛嬌ということにしていただきたい。
彼女にはホテルまで送ってもらった。少し反省しなければならないところだろう。

そして、休息。
京都での一日目はこうして幕を閉じた。


こんな感じでした。
実際はもっと、ふらっとした感じです。
さ迷いましたからね(笑)

明日も人に会います。
一人旅なのに人に会いすぎですね、私(笑)