りあかるも * 詩文と日常の発露 *-090304_1442~01.JPG



君を待ってた、君を待ってた。

甘くないアイスティーの底に沈んだシロップなんて放っておいて。

氷の音を食みながら、君を待ってた。



本当は、バレンタインの時に何かしらのリアクションを起こそうと思っていたのですが、一か月も遅くなってしまいました。

ずっと失踪していてごめんなさい。blogには一切近寄ってなかったので、blogでのお知り合いの方々がどういう生活をしているかも知らず。最近、ちょっとずつ見ています。数か月の間に変化のあった方、そうでない方。確実に世界は回ってるのだなあと思わされました。

私の世界も回さなくては。

たくさんの人に迷惑をかけて心配もさせてしまったことが心苦しいです。

メールありがとう。返せなくてごめんなさい。

今からも暫くこんな風に、ひっそりこっそり自分の箱庭の中で遊び方の練習でもします。


前髪を切りそろえて、パーマをかけて。たくさんの活字に酔いしれながら人生の悔いを作って、梅の花が咲けば笑って黄砂が目に入れば泣く。そうやって少しずつ、『道徳』と『愛』とを取り戻す日々です。

けれど私はほんの少しだけ悪い子になってしまうのでした。空は花曇り。


私は頑固だと肉親からは言われます。私自身はあまりそうは思いません。もしそういうところがあるとするならば、それは頑固なのではなく矜持や信念などと呼ばれるものなのだと思っています。

でも、それが駄目だと。詩を作る上でその頑固さが成長を妨げている、と言われてしまいました。

私が詩を書いて。それを他人に添削されて。それが堪らなく嫌で、受け入れなかったから。

その姿勢は、駄目なのかもしれない。成長できないのかもしれない。

でもよくわからない。どっちにむかって成長していくの?

私にとっての「詩」が、第一義が芸術作品じゃないから、齟齬ができるのだろうか。

詩が芸術作品ならば、私は詩など書かない方がいいのかもしれない。そう思うと堪らなくさみしいのは、何故だろう?ならばやはり私は、芸術作品として詩を作ることを選択すべきなのか。
私の感性は、詩人には向いていないのかもしれない。私の言葉は何も語ることができない。

悔しいなあ。


たくさん、迷い事もあるけれど、でもそういうの全部置いといて、今はありがとうって言葉だけ言っておきたい。

ありがとう。

ありがとう!

底に沈んだシロップが、甘いことを祈りつつ。