先日、映画『おろち』を観に行ってきました。

ホラーは大の苦手!だけれど恐いもの見たさもある、そして何より、ポスターや予告編が美しい!

それに、当日は映画デーで千円で映画が観れたので、観てみました。


一言、恐い。


口を開けば、恐い、恐ろしい、きゃーっ!(悲鳴)、そればかりが出てきます。

でも頑張って、簡単に感想を書きたいと思います。

まずは映画のあらすじを。


歳を取らず美しいまま、この世を彷徨い続ける少女・おろち。彼女は人間を見つめ続けてきた。

そんな彼女がある日雨宿りをした洋館に、姉妹がいた。彼女はふたりに興味を抱き、観察することにする。

やがておろちは、その一族――門前家――にある秘密を知る。

『門前家の女達は、29歳になると醜い姿に変わり果ててしまう』

やがて姉妹等は成長し、二人がその年齢に近づいた時に、二人の母親がある言葉を残し死亡する。

その言葉が、姉妹の運命を変えていく――


という感じのお話。ホラーでもあり、ヒューマンドラマでもあり、サスペンスでもあり……

一概に「こうだ!」と言えないお話です。

ホラーとしての恐ろしさというよりも、人間の醜さ、憎悪、執念、嫉妬……そういう部分の恐ろしさの方が強いです。

直接的な恐ろしい描写はないのですが、流血描写は結構あるので、苦手な方はご注意を。

それでは、軽くネタバレをしながら、感想いきたいと思います!



・謎の少女のおろちを象徴する色が「赤」というのが、見事というか。

「赤」は血の色、生命力の象徴だから、不老不死(と思われる)おろちに相応しい色だと思います。

たぶん、色合いを考えて合わせただけなのでしょうが……

一草の「緑」も、中間色ということで、大人と子供の両面を持つ、と言えばそうなのでしょう。早熟というか、子供のまま大人になってしまった。

理沙の「青」は、大人を象徴しているし、冴え渡る理性(時としてそれが非道なものに変わる)の証でもある。


・鬼気迫る暴力表現が見事です。一草が理沙に暴力を振るう直接的なシーンはあまりないものの、聞こえて来る罵声と理沙の呻き声、そして物音に迫力があります。日をおうごとに諦めの表情になっていく佳子もいいです。

一草は子供なんですよね。幼い子供のよう。だから八つ当たりするしかなくて……このあたりのことはパンフレットに書いてあったから、いいや(笑)


・最後のどんでん返しですが、もしかしてもしかして~と思いながら見ていたので、「やっぱり!」という気持ちでいっぱいでした。先が見えるなんてつまらない、という方もいるかもしれませんが、逆に「こうじゃないのかな……」という最悪の展開と、そうでなかったらいいのにという気持ちで揺れ動いて、さらに不安になりました(笑)

それに、展開が読めたとしても、色褪せないほどに出来のいい映画でした。


・理沙の吐いた嘘は、結果的に一草の美しさを奪うことになってしまったけれど。理沙本人は、一草を道連れにとは思っていなかったと思います。ただ、自分だけが追うことになった抗えない運命が悔しくて、めいいっぱい一草を恐がらせて怯えさせてやろうと思ったのだと思います。

そして最後に種明かしをしてやろうと。たぶん、母親の影を追っていた一草にとっては、母親と血の繋がりがないということは、安堵にもなるかもしれないけれど絶望にもなると思うので。「おんなじ血が流れているのに……」と子供の頃に絶望していたくらいですから。

ただ、物事がうまくいって、道連れにできた。とても嬉しかったんでしょうね。


・「門前家の女は、29歳になると醜い姿になってしまう」というのは、女性ならば誰でも恐ろしいなぁと感じるかもしれませんが、これは「老いる」ことと重なり合って、人間の本能的な恐怖心をも煽っていると思います。

29歳までは美しい=若い頃の美しさ、であり、29歳以降の醜い姿=老いることによる醜さ、と取れます。

それに、その姿になってしまった女達は、みな発作が出るほど苦しい思いをし、理性を失い、早死にします。つまり、29歳を迎える=死(の影)、という構図をも浮かび上がらせます。

人間の、本能的な恐怖ですね。

これが重なり合うので、本気で恐いです。ぞわーってなります。


・一草は、母に愛されているという感覚がなかったのだと思います。

だからこそ、母親の影を求め、母親になりきろうとした(期待に応えようとした)のだと思います。

その切なる気持ちは最後の場面で展開されるわけですが、その前振りで、夢の中で母親が振り返りそうで振り返らずに終わるという場面があります。そしてそこでは一草はうなされています。

結果的に最後の場面で一草が見た母親の顔は慈しみに満ちていて、駆け寄ってきた一草を愛しげに抱きしめます。

夢で見た、母親が振り返らない――というのは、母親から受けていた愛情に気付いていなかったから、ではないのかなぁと思うのです。だから、どんな顔をしていたのか思い出せない、思い出すのが恐い(冷たい顔だったり恐い顔だったりしたらどうしよう、という心理)。だから母親は振り返らず、一草はその夢を見てうなされる。

けれど、最後に理沙に示唆されて、ようやく思い至った母親の愛情があって、母親が振り返ったのだと思います。まぁ、愛されていたと気付いてしまったが故に、さらに絶望のどん底へ突き落とされてしまったのでしょうが。


・またもや一草関連。

ちゃんとした台詞は忘れてしまいましたが、執拗に一草が繰り返す台詞があります。

「門前家の女は皆それ(29歳になると醜くなる)を受け入れた、お母さまは覚悟していた……」

それで、結果的に一草は自らの顔を焼いてしまうという愚行をしてしまうのですが、何度も何度も繰り返して、言い聞かせているんですよね。

ふと思ったのです。

これこそが、一草が門前家の血を引いていない証拠になるのでは?と。

元に、自らの運命を知った理沙は、静かな狂気に身をおきながらも、最終的には自分の運命を受け入れていました。母親の葵も、絶望して自棄になって遂に交通事故を起こしましたが、結果的に「上の部屋」へ行きました。

一草は、何度も何度も言い聞かせていたけれど、そこまで達観できなかったみたいだし(精神的に子供だったということもあるのかもしれない)、最後のひと時の安らかさも、受け入れたとか覚悟したというよりかは、「投げ打った」という印象です。

門前家の女ではない、ということを暗示していたように思うのですが、どうでしょうか。

ああ、でも理沙は最初は運命を受け入れる気はなかったんですよね……


・姉妹、美しかった……

いつの間に木村佳乃さんはあんなに綺麗になったのだろうか。中越典子さんも綺麗でした。


・主題歌!素敵!あの声、大好きです!

柴田淳さん、チェックします!

ちなみに主題歌は「愛をする人」です。



あんまりまとまりのない、偏った感想ですがいつものことですね。

演技はみなさんよかったです。

私は何となく西条さんが好きでした(笑)


「おろち」という存在の持ってき方がくどい?ようにも感じましたが、だったらどうすればいいんだという話ですよね。うーん……

最後の「おろちは……」みたいなのは、要らなかったかもしれないです。姉妹の最後で終わっておけばよかったと思います。うん。