私には求める二つの方向性がある――というのは、聞いたことのある方もいるでしょう。

銀色夏生氏と、萩原朔太郎氏。

なんでこんなに違う二人を?と思うかもしれない。

けれど、人間というものは一面でははかれないものだから。

裏から見れば表になるし、表から見れば裏にもなる。

一面しか持っていないと思っても、その人はもしかしたら、とても深い海の持ち主で、底に潜れば潜るほど色が変わっていくでしょう。

それと同じで、私は結晶。

一つの核を持つ、多面的な存在。

きっと、だれもがそう。


そういうことを、一ヶ月の間の自分のブログを読んで振り返りました。

この一ヶ月は、本当に充実していました。

詩をこんなに書いたのは久しぶりでした。

その中で、私は間違いをしてしまったのだけど。

でも人間は誰しも、間違うものだから、チャラにしてください(笑)


二つの方向性に話を戻して。

銀色夏生氏は、爽やかで甘酸っぱくて、でも切なくて。物事を見る目が冴えていると思います。

そういう視点があったのか!と思わされることも無きにしも非ずだったり。

その視点がかぶってて、焦ったことも、あったり(笑)

萩原朔太郎氏は、深い孤独と嘆きの淵にあって。感情の表現に凄みがあります。

感情をあれだけ具現化できる人は、見たことがないです。

そして、擬音語?擬態語?犬がのあある、なんて、鶏がとおてくう、なんて、鳴いている表現は初めてで。

この表現力すごいなぁなんて憧れて。だから、私の詩に不可思議な擬音語や擬態語が出てくることがあるのは、その所為なんですね。彼に近づきたくて、チャレンジしている。


ふたりとも、凄い人。

私も、私なりの終着点を目指そう。



時間が、あるようなないような。

でも時間は作るもの。

そろそろ、日参している方のブログを、最初から読むことにしよう。