なだらかに続いていく道。一面の銀世界の中で、空はまだ足りないというかのように曇り、ついさっき止んだばかりなのに雪をいつ降らせようかと窺っているようだ。
こんな田舎道では除雪車なんてものは通るわけはなく、故に道は雪で覆われている。歩を進めるたびに足元で雪が踏み潰されて声を上げた。
去年彼女と歩いた道を、今は一人で歩いている。
だけど、ひとりぼっちじゃない。



「きゃあっ!」
道の傍らに積もっている雪にダイブして、彼女は歓喜の声を上げた。そわそわしていたから何かするだろうことは予測していたが、こんな子供みたいなことをするとは思っていなかった。いくら雪が好きであっても。
雪に突っ込んだままの彼女はコートとマフラー姿ではしゃいでいる。手袋をしていないから、じかに触れているその手はかじかんでいるに違いないのに。
同じ市に住んでいるが、彼女が住んでいる場所と俺が住んでいる場所はまるで別世界だ。平地で街と呼ぶに相応しい彼女の住んでいる区域に、あまり雪は降らない。降ったとしても少しだけで、すぐ溶けてしまうから、雪は彼女にとって特別なものであるらしかった。山奥の俺の住む区域はまるで正反対で、冬に雪はつきものだ。街の方で晴れていても、こちら側は猛吹雪、ということはざらだ。この土地に愛着はあるものの、雪だけはどうにかならないか、と冬が来るたびに俺は思う。
彼女とは高校で出会って、進学と同時に別れた。県内に俺は残ったが彼女は隣の県に行ってしまって、高校時代の親しさが嘘のように、時折メールを交わすくらいの関係になった。それが。
俺はそっとコートのポケットに手をあてた。中には携帯が入っている。メールの内容は簡潔だった。「雪を見に行っていい?」断る理由はどこにもなかった。
「こんなに雪があるなんてウソみたい」
「俺には逆に雪がない方がウソみたいだよ」
俺の言葉に彼女は笑った。それからうつ伏せの状態で手足をばたばたさせて、泳いでいるかのごとく振舞った。久しぶりに会った彼女はやけに陽気だった。
「やけに陽気なんだな」
思ったことを率直に言うと、にっこりと彼女は笑んだ。
「何でも楽しむことに決めたの。楽しいことをたくさんしようってね」
「雪を見に来たのもその一環?」
「勿論!私、雪って好きなのよ」
うつ伏せたまま目を閉じて、彼女は雪に顔をうず埋めた。頬に雪が当たって冷たいはずなのに、その顔は安らかだった。なのにどうしてだろうか。俺には彼女がそのまま消えてしまうような気がした。今までの陽気そうな態度から一変、酷く儚げに見えたのだ。
「雪ってあたたかいわ」
「雪が?」
「そう。冷たいんだけど、あたたかい」
そう思わない?と言われたが、あいにく俺は言葉を濁しつつ否、と答えた。それでも彼女は気にせず、逆に小さく笑った。
「まぁ、普通はそう思わないわよねぇ。……雪に、ね。触れてると、自分の体のあたたかさってものを思い知らされるの。冷たいな、って思えば思うほどね。自分が生きてるって感じられる」
彼女が目を開けた。それに何故かホッとした自分がいた。彼女が戻ってきたという思いを持ったのだと思う。だけど、どこかから戻ってきた彼女は、じっと雪を見つめていた。そしてポツリと呟いた。
「もし、今度生まれ変わるなら雪になりたいなぁ……」
「雪は生き物じゃないぞ」
「だからもしもの話だって!」
「かなり可能性の低いもしもだなぁ」
「うわー。絶対雪に生まれ変わってやる!」
「はいはい」
全否定をするわけじゃないが、あまり信じてもいない。ただ、夢を見ることは自由だ。
俺のそんな態度に不平を漏らしつつ、もう十分なのか手をついて雪の中から彼女が起き上がった。だけど体についた雪は振り払わず、その場に座っている。
自然体な会話に、自然体な彼女。高校時代には当たり前に傍にあったものだ。彼女との久々の時間に、突然愛しい思いが込み上げてきた。
「好きだよ」
自然に言葉が零れた。何の脈絡もない言葉だったが、彼女は何について言っているのか悟ったらしい、酷く驚いた顔をしたが、同時に来るべき時が来たという顔もした。
確かに、いつかは言うだろう言葉だった。互いに互いを想っているのは明白な事実だったから。あとはそれをいつ言葉にして伝えるかだけだった。それがこの時だとは俺も思っていなかったけれど、その気持ち自体はいつだってここにあって、ただ口にしていなかっただけだ。
彼女は少し見開いた目で俺を見て、何か言おうと口を開けた。だけど何か躊躇って口を閉ざした。そして寂しそうに微笑むと、再び口を開けた。
「ごめんね」
十分だった。それだけで十分だった。