遠出から帰ってお隣の鏡花の家に行くと、無傷の子供の一人である貴一がクラッカーを貪っていた。プレーンクラッカーをそのまま食べるのが今の彼のマイブームならしい。大きめの椅子に体育座りで窮屈そうに食べているのを見るのは少し笑える。見ていないのにつきっぱなしのテレビ画面はやっぱり戦闘中の異国の風景だ。
「何、貴一、お姉さまが無事帰還したっていうのにおかえりの一言もなし?」
「同じ日に生まれたくせに姉気面すんなよな」
「可愛げないの」
二人のやり取りに苦笑してしまう。双子の二人はいつもこんな感じだ。少しでも鏡花が姉のような振る舞いをすると、それに貴一が反発する。だけど仲が悪い訳ではない。多分、私の知ってる誰よりも二人のつながりは深いはずだ。二卵性双生児なのに。
羨ましい。
鏡花がそこら辺に買い物袋をばさばさと置いているすきに、私は貴一の斜め前の席に座った。もうこれ以上は立っていられなかった。
寝癖のままの貴一は、でも滅多に見ることの出来ない色男だと思う。二卵性双生児なのに鏡花と同じ様に。幼馴染の私は何処にでもいそうな女の子なのに。さぞや二人といると見劣りするだろう。だけど構わないと思う。
大切なのはそういうことじゃないってことを、私たちは解っている。
「そういえば、どうして禎子がいるんだ?」
「あー、いい質問ね貴一」
明らかに笑い声で鏡花が応える。
「鍵なくて締め出し食らってるのよ、てぃちゃん」
「は?」
「悪かったわね!油断してたのよ」
今日は一日中家にいる、という母さんのことばを信じた私が甘かったのだ。仕方ない。
「おばさん気まぐれだからなー」
元気出せ、と差し出されたクラッカーを私は丁重に断った。プレーンクラッカーはあまり好きではないし、第一喉が渇く。
差し出されたクラッカーは貴一が食べた。鏡花が戻ってきて、ちょうど私たちの座る位置が三角形になるような場所に座った。手には清涼飲料水の缶が三本。二本が私と貴一に滑らすように渡された。
もしかしたら、私たちは四角形に座って、缶だって四つだったのかもしれないのだ。失われた私の片割れが生きていたら。
「そういや戦争始まったな」
プルタブを開けながら貴一がいった。でもその視線は画面を見ることはない。
「ついに、って感じだよなぁ」
「実感湧かないわ」
「私も。これじゃいけないんだろうけど」
「俺はどうでもいい」
貴一の発言は、鏡花も爆弾発言だと思ったのだろう。片眉を僅かに跳ね上げた。ただし飄々とした顔だ。
「ふぅん?その訳を三十文字以内で答えよ」
「なんだよ、それ……。だって俺たちには関係ないしどうにも出来ないし、ならどうでもいいことだろ」
「三十文字オーバー。でもよろしい」
傲慢に悠々と言った鏡花に、貴一が小さく悪態を吐いたけれど、思い直したように今度はこちらを向いた。
「だってさ、俺らのこれからの生活に、影響は出ないだろ?」
私は確かに、としか答えられなかった。プルタブを開けたら炭酸の音がした。
「あー、そう言えば、鏡花、応募したアレ、どうなったの?」
「言うまでもなく、見事に落選よ」
そういう彼女に落胆の色は見えない。この前も、前の前も、彼女はそうだった。詩を綴っては色んなところへ投稿しているにもかかわらず、掠ったことがない。
彼女の詩は好きだ。選考も、いいところまでいくみたいだ。だけど、いつも同じ言葉で切り落とされる。
「もっと希望に満ち溢れたのがいいんですって」
「今回もなの」
「ええ。別に人生を絶望視してるわけじゃないんだけど」
だけど目立った希望も、見えないわけではないけど感じられない、と。
「だったら、そういうの書けばいいだろ。鏡花だったらそんなのだって簡単にできるのにさ」
貴一の言うとおりだと思う。だけど。
「それじゃ意味がない」
自分の心に忠実にあれ、なのだ。
「偽りを言葉にしても、それは死んだ言葉だわ」
「詩人みたいな言葉ね」
「詩人ですもの」
鏡花の言葉はいつだって正論だ。私は再び確かに、と言う。
「禎子の口癖は確かに、だよな」
余計なことを貴一が言う。
「違うわ。それしか言えない位、正論だなと思うからよ」
「正論ねぇ……」
揶揄するようにそう言われたけれど、私は黙殺することにした。嚥下した液体は弾けながら、触れる全てを刺激した。舌が痙攣するかと思うけど、もう慣れているみたいだ。
「ねぇ。退屈だから、何か見る?」
この場合、見るというのは映画の類だ。私と貴一は即オーケィした。
「この前、テレビでやってて撮ったまま見てないやつあるだろ?それ見ようぜ」
「……何処いったっけ?」
「そこら辺にあるだろ」
鏡花と貴一のやり取りを聞きながら、確かに戦争が始まったからといって私たちの生活は揺らがない、と思った。
確かに、戦争はいけない。戦渦に巻き込まれるなんて私は嫌だし、巻き込まれた人たちは気の毒だ。だけど、そこに現実感が伴わない。それは酷く罪なことだと思うけど。



見た映画のなかで、神の名の下に人を殺す人がいた。その人はヒーローだった。