ぐるり。首に巻きつけたマフラーを押しやりながら外に向かって吐いた息は白くけぶった。
冷機を遮断するために重ね着して、その上からオーバーオールを羽織った姿は少しだけ滑稽だった。
外に出たままの耳は寒くて、ヘッドフォンをしたまま、髪を覆い被せて寒さをしのぐ。
寒いのは苦手だった。
けれど今はそんなことはどうでも良かった。
キャリーバッグの取っ手を右手でぎゅっと握り締めた。
目の前には、見慣れぬ風景。耳元には新しい音楽。
そしてここに今、私がいる。
引きずるたびにキャリーバッグはからりころりと音を立てる。
それが少し恥ずかしくて、持ち上げてもみるけれど、すぐに重たくて下ろしてしまう。
どんなに変哲のない道だとしても、私には素敵な道に思えた。知らない空気がそこにあった。知らないものを今知っていくというのが、これほどわくわくするだなんて。
(嗚呼、ここにいられることの、なんて幸せなことか)
歩きながら目を閉じ、思う。
思い焦がれた土地。そこに、拙いながらも溶け込んでいく自分。
やっとここに来れた、と。それだけで胸はいっぱいになる。
ゆっくりと歩き続けて、キャリーバッグのからりころりという音も、耳元の陽気な声も、馴染む頃には身体は温まっていた。
上気する身体から吐き出される息はいよいよ白さを増した。
暑い、とマフラーをずらした隙間から入り込む冷気が心地よかった。
頬が赤いのも、寒さの所為だけではない。
気付けば、口角が上がっていた。
顔を上げて、前を見る。
目指していた場所、写真でしか見たことのなかった場所が、目の前に現れる。
キャリーバッグを引く手に、思わず力が篭る。
寒さとか暑さとか足の疲れ手の冷え等、すべてが何でもなくなってしまう。
自然、浮かぶのは笑顔だけ。
あの扉。
あなたに続く道の果て。
あと少しで、あなたに会える。
ちらりと扉の影、あなたの羽織が見えた気がした。