ある年の冬、ふらりとひとり山口を旅行した時のこと。
湯田温泉にやってきた私は、そこにある中原中也記念館に行こうと思っていました(一番の目的は、井上聞多の生家跡の高田公園でした)
何故か山口市内から一駅分歩き倒し、重たいキャリーバックを引きずりながらよろよろになって訪れたそこは、休館中でしたorz
帰りついたその夜に熱を出してほにゃららになったことは苦い思い出で御座います。
微妙な前フリですけど、今日は中原中也を紹介したいと思います。
そういえば中原中也の詩も高校の国語の教科書に載ってました。私はアウトオブ眼中でしたが。
今手元に、やはり岩波文庫の中原中也詩集があるのだけど、何故これが手元にあるのか、何故私はこれを買ったのか、はっきり言って謎です。
たぶん、血迷ったのだと思われます。
ま、結果オーライ。
確か教科書には、メルヘンが云々……と書いてあったような気がします。
叙情的、という意味では当たっているかと思います。
確かこの人の詩は「声に出して読みたい日本語」という本にも載っていました。「サーカス」という詩です。一般的には、「汚れつちまつた悲しみに……」の方が有名なのではないでしょうか。
なんというか、この人の詩は悲しみがきらきらしてるみたいな印象を受けます。
個人的に好きなのは「盲目の秋」Ⅰ章と「北の海」、「生ひ立ちの歌」、「また来ん春……」かな?
それでは引用スタート。
また来ん春……
また来ん春と人は云ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るぢやない
おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せても猫(にゃあ)といひ
鳥を見せても猫(にゃあ)だつた
最後にみせた鹿だけは
角によつぽど惹かれてか
何とも云はず 眺めてた
ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……
中也は長男の文也を幼くして亡くしてしまいます。
その息子を惜しむような詩が、数々あります。たぶんこれも、そのうちのひとつなのではないかなと思います。
何でもかんでもにゃあにゃあと言う幼子はとても微笑ましいのに、今はもう居ない、というのが悲しさを一層引き立たせます。
まだ親になったことがないので親心の何たるかは語れない身ですが、自分と同じ血を分けた人を失う悲しみや辛さは、わかります。なのでこの詩はぐっときます。
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