カラスが鳴いてた。甘いかおり。
鳴き声が聞こえなくなったら、においもわからなくなってしまった。
音楽が流れだす。エレベーターの扉が厳かにひらかれる。
カラスが鳴いてた。
夕日にむかって。



  きみに見えるか




グラデーションが綺麗なのではない、ただ色が綺麗なだけだ。
夕日ってそういうもの。
あの色は人工的に出せるものじゃないと僕は思う。ラベンダー、バラ、薄紅、橙、黄。白々しさに息づく群青や茜をもし僕ら人類が出せるとしたら、ここまで夕日にひかれないからだ。色だけ。


本質は別に関係ないんだ。


きみは笑った。僕は覚えてる。カラスの声もチョコレイトのにおいも音楽も忘れてしまった僕なのに、そのきみの笑顔だけは忘れない。
だってそれは、夕日の色みたいに、誰にもどうしようも作ることのできないものだからだ。しかもきみにすら、あの時にしか作れなかった笑顔だからだ。



よく西の空に水曜になると飛行機雲が現われた。まるで沈む夕日目指してるかのようにシュプールを刻んだ。
まるで隕石みたい、と見るたびにきみは言った。白くて何故かあまり尾を引かず消える飛行機雲は、確かにそう見えた。だから僕はいつも鸚鵡返しに、そうだね隕石みたいだと言った。
でもきみはある日それを言わなかった。
ただ、見える?と問うてきた。
何を?と聞き返しても、きみは消えてく飛行機雲を指差しながら笑うだけだった。
見える?見えないの?…そうか。そうなんだね。
今まで見たことのない笑顔を浮かべるきみに、飛行機雲だと言っていた隕石がきみの頭上に落ちてしまったんだと知った。



あの時、きみに見えたものが、今でも僕にはわからない。きみみたいに隕石が落ちてきたら見えるのかなとも思ったりした。
でも、どうだろう。それはあくまで推測であり、確たる確信をもって証明せられたことではない。実のところ、本当の問題点というのは、僕が無知であるというところにある。
無知。そうだよ何も知らないから。
理解も確認もできない馬鹿だから。


水曜日の西の空。僕は見上げる努力もせずそれを見る。夕日に侵食されて、オレンジに染まる飛行機雲という、めずらしいものをみてしまう。
きみが言ってたものが見えるかなと思ったけど無理だった。



見える?って聞かれたあの時、いつもみたいに鸚鵡返しすればよかったのかな。
そうしたら僕は、きみに見えていたものを少しでも垣間見れたのかな。
こんな馬鹿な僕だって。