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もう老後だけどね

老人になってからしたいこと ブログネタ:老人になってからしたいこと 参加中


おはようございますゲロー

年齢的には、わたしは初期高齢者なので、既に老後は始まって居るのかもしれないね

老後かぁ…
一つ言えるのは「日本から出る」って事かなぁ

保障制度とかキチンとした国で老後を過ごしたいですね

取り敢えず、先ずは早いトコ片付けないとならない問題があるので、片付けたら移住計画を実行するかな

黒髪は大切にするべし

髪の毛の色は? ブログネタ:髪の毛の色は? 参加中


こんにちはお願い

久々にネタに参加して居ります
髪色なら一言も二言も言わせて欲しいです

髪の毛のカラーは現在「黒」で貫いて居りますが、過去には結構無茶なカラーリングをしていましたね

金髪は勿論、蛍光ピンク、メタリックレッド、黒に金を散らしたもの、プラチナなどなど、一通りのカラーは試したのでは無いでしょうか?

ヘアーショウやコンテストのモデルのお仕事も多かったので、斬新なカラーリングにされた事もありますね

でも、一般的な茶髪だけはやった事が無いです
茶色でもイエロー系が強めに入っていたり、オレンジ系入っていたり

でも、カラーリングした当初は「達成感」のようなものがありますが、毎日そのお色の髪の毛のと付き合うとなると、お洋服のコーディネートも案外困りますし、それよりも何よりも「飽きる」のです

それに、カラーリングで髪の毛も頭皮も痛むので日々のアフターケアも大変でした

難点はカラーリングをした場合は保つ為に延々とカラーをし続けなければなりませんし、コストを考えると毎月の出費もバカになりません

髪色で遊びたい時期は思う存分遊んだ方が良いとは思います
やりたいうちに試した方が◯

何故かって?
「黒髪の美しさ」
を身をもって実感するからです

あのエルヴィス プレスリーでさえ、「黒髪」に憧れてずっと髪の毛を「黒」に染めて居たのです

「黒髪は重たいイメージがある」とのご意見もおありでしょうが、キチンとお手入れをしたサラサラの長い黒髪は美しいものですし、纏め髪にしても◯

オバサンと呼ばれる年齢層の方が白髪染めで茶色になさるのをお見受けしますが、ボサボサの状態だと「生活の疲れ感」が出ますのでご注意を…

わたしは現在黒髪で伸ばし続けて居ますが、臀部まで伸ばした経験上、それ位の長さまで伸ばすでしょうね◯
ボソッ…育毛剤使えば早く伸びますよ…

アルコォルがもたらす人間の破滅

こんばんはゲロー

「酒は百薬の長」
と言う言葉もある通り「適量」さえ守れる人であれば問題はありません

でも、なかなか「適量」やら「休肝日」を守れる人はそう居ない

人は弱いので何かに縋りたくなる時もあります
其れが酒の場合も

しかし、酒を「逃げ場」として選ぶと、当然「適量」なんて軽く超えてしまいます
超えて居ることに自覚がないのです
↑自覚あったら飲まないし

陽気な、場を和ませる飲み方なら構わぬが「陰気な酒飲み」「屁理屈な自棄酒」を誰が歓迎するだろうか?

歓迎してくれるのは営利目的の酒場やぼったくりバーくらいだろう
彼等からしてみれば
「幾らでも飲んでくれ、払うもん払ってくれりゃいい」
程度の事だから

節度を持った良い酒飲みはそんな店には行かないから
そして、良い酒飲みは周りの人たちからも好かれる

悪酒飲みは周りの人が遠ざかって行く
酒で自分を見失い、誰彼構わず絡むような酒飲みの相手は誰だって勘弁だろう

こんな僕もハタチから酒を嗜んで居ました
でも、酒が自分には合わない事は直ぐにわかりました
自宅で酒を飲む習慣もなかったです

だから、酒を辞めると決めた時から一切口にして居ません
然し乍ら、楽しい酒席は好きです
酒は飲みませんが、楽しい会話に美味しい食事はこの上なく至福ですね

周りも僕が飲まないのを知って居るので無理に勧めたりしませんし、其々好きに飲みたいモノを飲んで楽しんで居るからその辺はOK
無理に勧めたりするような無粋な友は居ないので

さて、本題の
「アルコォルがもたらす人間の破滅」
に入りましょう
特に「適量」「休肝日」を守れて居ない方は読んで欲しいです

「眠れないから酒でも飲むか」
これは絶対にNGです
酒は脳を覚醒する作用があるので、身体は酔えても、例え眠気は来ても、良眠は出来ませんし、眠りに落ちても直ぐに目覚めます
そして、再び寝ようと酒に手を出したらアウト
気が付かないうちにアルコォル依存症まっしぐら

「その精神の苦痛、アルコォルからだよ」
やけに気落ちするなぁ、やる気が出ないなぁ、などなど精神的苦痛や病と勘違いする症状もアルコォルからだから

「アルコォルも過ぎるとこうなる」
痛い風
糖尿
対人関係の破壊
家庭崩壊 
前頭葉の萎縮

あなたにとって大切な人が居るなら、まだやりたい事があるならば、逢いたい人達が居るならば、酒は呑んでも飲まれるな

依存症になり、身体的、精神的自覚症状が出た時は、もう、やり直しがきかない事もあるから

「適量」「休肝日」を守れずに長年酒を飲んで居る人は検査を受けで欲しい
特に「前頭葉の萎縮」が始まっていたら大変な事だから

脅かして居るわけではないです
大袈裟でもないです
アルコォルで自滅するために産まれて来たんじゃないだろ?

心の唄〜中村敦

KATZEと言うバンドを御存知でしょうか
そして、中村敦と言う方の存在を

わたしが彷徨って居た時に
「生きていていいんだよ」
と、教えてくれたバンド

KATZEは1988年デビュー
デビュー前からライブの動員数が爆発的に凄かった
デビュー後は瞬く間に人気を博し音楽誌の注目度も高かったです

でも、フロント2人のビジュアルばかりが話題になって居た時もあるのは事実
その事は中村敦が伝えたい大切な言葉を無視して居たように感じます

名曲STAY FREEは各地でのライブにより毎回バージョンが変わりました
これこそライブの醍醐味

デビューから僅か2年と少しでの解散
最後のステージでラストにかけての中村敦がオーディエンスに向けて唄にのせて「裸の言葉」を投げかけた事を忘れられない

一番気がかりだったのが中村敦が28歳の若さで病に倒れ、5年間姿を消した時

病床の中村さんはファンサイトを偶然見つけ、熱烈なファン達の言葉に励まされ病を克服

復活すると同時に車とギター一本を手にファンへの感謝として100箇所をまわるツアーを単独で行った

最近、わたしの身辺は慌ただしい
まさに
Good times,Bad times

昨夜久しぶりに中村敦の「今」の唄を聴きたくてずっと聴いていました

そして、KATZEのファンサイトはどうなって居るのか?と、思い見てみたら、目を覆いたくなるコメントが書かれて居た
「体型変わり果ててる」
「音程取れていない」

体型やらについて書くのは表面しか見て居ない人達なんだろうな 

音程取れていない…
これには怒りを覚えた
ライブは毎回バージョンが違って当然だから、いきものだから

そんなに元の曲が聴きたければレコードばかり聴けばいいのに

ライブでの違うアレンジ、アドリブを楽しみにしているオーディエンスだって居るんだから

長々と読んでくださりありがとう
「今」の中村敦からのメッセージ聴いてくたさい


気が付いた時は遅い

母が大変な状態です
そして、ずっと祈りを捧げながら思った

今から7年前、DVで殺されかけて頼った時に母は身体を病んでいたけれど、受け入れてくれました

受け入れてくれた母の覚悟は中途半端ではありませんでした
勿論、父も…

そして、DVにより精神を崩壊していたわたしに母はいつも本気で接してくれました
理解しようと必死になってくれました

そして、再度上京…

精神的に不安定だったわたしは、母に酷い言葉を残して来てしまいました

父からは
「身辺を整理するまで敷居は跨がせない」
と…

精神が寛解した時、母に報告すると
「良かった…貴女は貴女を取り戻したのね…」
と、祝福の言葉を述べてくれました

逢えず終いのまま7年が経過…

自分の愚かさを悔やみ続けた7年間…

最後に母に放った酷い言葉…

気が付いた時は遅いです…

気が付いても取り返しはつきません…

一度狂った時計の針を元に戻すことは出来ません…

悔んでもタイムスリップは出来ません…

もし、この記事を読んで下さって居られる方で、親御さんと上手くやれない人は、考えてみて欲しい

確かに親は選べませんが、親も同様なのです

そして、あなたがこの世に生を受けた事は意味のある事です

不遇を嘆いても、そこから立ち直る事はあなた次第なのです

やり直しのきく時に気が付いて欲しい

わたしは愚かさ故に自分の勝手で壊してしまいした
時既に遅し、です

母が教えてくれたこと

わたしの母は、わたしが物心ついた頃より常に

「貴女に財産は残せないけれど、その分、貴女が社会に出て困らないように、貴女の知的財産は惜しみません、好きなだけ学んで世界を見るのです」

と、申しておりました
その言葉のおかげで、今、こうして生きて居られる事を痛感します

母重篤のため

こんにちは

今朝方、郷の父と連絡が取れ、母が重篤であると知らされました
覚悟はしていたものの、いざとなると
「まさか、祖母に次いで実母の死に目に逢えないのか…」
と、こわいものです

Facebookでの暖かいコメント本当にありがとうございます
m(_ _)m

思えば東日本大震災の年の2011年5月25日に母の大腸癌が発覚し、そのまま緊急入院、同月28日に執刀となりました

その時の電話越しの父の明るい声を覚えて居ります

「あ~おまえさんか~?あのな~かずやん(母)が大腸癌になってな~」
癌、と言う言の葉に思わず動揺したわたしは
「…お父さん、今回だけでも帰っていい?」
すると父は明るく
「なぁに、大丈夫だ~心配しても何もはじまらんぞ~
   執刀医の先生がたまたま九州では大腸癌の名医の方だから、な~んにも心配する事はないぞ~」

執刀の結果、大腸癌は相当な大きさでリンパまで達して居ましたが、切除に成功しました

どんな時も気丈で明るく
「大丈夫だ~心配するな~ありがとうな」
と、言ってくれて居た父が今回ばかりは様子が違いました
落ち込み、憔悴しきって居る事が口調から伝わる程…

60歳まで生きていられるかどうか?と、身体の弱い母でしたが、父の全力のサポートで8月15日には古希を迎え、それよりも、6月12日には金婚記念日…と、非常に嬉しい事尽くしの父母でしたが、ここに来ての、事態に…

常に明るく気丈に振る舞って居た、父の様子が今回ばかりは明らかに違うので、最悪の事態を父は覚悟して居るのか…?
と、さえ痛感します

わたしも父の落ち込み様から、流石に実母に7年も逢えず、そのまま逝ってしまわれたら、と、想像すると正直ショックで言葉が出ません

誰にでも死は訪れるもの…
と、頭ではわかってはいますが、心は別です…
癌を克服し、金婚式だって古希だって迎えられた…母
やはり、わたしを産んでくれた際に切ったお腹の大きな傷の後遺症と癌の切除の際にもお腹には大きな傷…
それに加えて心臓にも持病が

充分頑張ったね、と、母に直接言いたいですが、事情があり実家には立ち入りを禁じられて居りますし、良くも悪くも頑固な父は信念を曲げる事は無いのは目に見えています

今から40年と少し前、わたしを身ごもった母にお医者様が
「母体の安全を考えると帝王切開と言えど貴女の命は保証出来ません、諦めてください」
と、言う言葉に迷いもなく
「わたくしはどうなっても構いません、子供の命が最優先です」
と、自分の命よりも、わたしを即座に選んでくれた母…

快方に向かう様に祈りを捧げつつ、父を精神的にサポート出来れば…との所存です
暫く沈黙しますが、戻って参りましたらよろしくお願いいたします

2015年8月27日
真鈴拝

重たい荷物を降ろす時

こんにちは

苦節9年苦年実にwasteな時間でした

本来であれば、わたくし一人で背負い込む荷物ではありませんし
わたくしの乗りし船は1人用なもので

何故9年もかかったのか?
仏心や情けと言うものは実に末恐ろしいものでございます

これ以上、背負い込む意味も価値もありません

ain't nobody's business,if i do

さて、本格再起動

怒っても声を荒げたりしないわよ

おはピヨお願い

わたしはTwitterやらでは、たまに心の声をボソッと呟きますが、余程の事がおこらない限り怒りません

あとは
「自分に対してされた事」
では怒りません
一応ヒト科なので疑問は抱きますが
一番のトリガーは
「わたしの周りの人たちに対して攻撃や破壊をされた時」
かな?

わたしは、
怒る=マイナスエネルギー
だと解釈します

マイナスエネルギーからは破壊しか産まれませんからね
発電にさえ使えない無駄な負のエネルギー

滅多に怒らないわたしが怒るとどうなるか?
と、申しますと
「馬鹿馬鹿しくて声に出して笑っちゃう」
「めっちゃ笑顔になる」

わたしをよく御存知の方は
「あなたは本当に怒ると背中で語るから余計に怖いのよね」 
知らなかったワイ

また、怒りマックスの時は、相当冷静になります、かなり冷静になりますね

怒る時に声を荒げたり、壁とか蹴ったり殴ったりするのって、子供より子供じゃない?
見苦しいよね

声を荒げた所で、感情剥き出しにした所で、ターゲットになっている人だって、御自身だって気分悪いでしょ?

なので、新人君が仕事でクリティカルにミスった時に頭を下げに来ても、責めたりした事はないですね

先ずは納期ありきなもので
「よしよし、大丈夫!
    謝ることなんて無いない!
    気にするでない!
    フォローするから間に合わせよっ!」
と、笑顔で接しますね

すると不思議なもので、その子はパフォーマンスが良くなるのです
怒られるとでも思って居たのかなぁ~

怒るのは簡単だけど、その子は傷付くよね?
ストレッシヴになるよね?
そこでパフォーマンスは低下しますよ

質問を質問でかえされると困る、の事

おはようございますお願い

わたしが案外会話の中で困る事は

「質問をしたのに
   質問でかえされる」

これでは会話不成立ですね~
木のまわりをぐるぐる回ってバターになっちゃうよ

会話が成立しない=コミュニケーションが取れない
と、言う感じですね~…

どうして、質問やら疑問に答えられないのでしょうか?

そして直ぐ
「ムカつく!」
のお言葉
直ぐにムカついてばかりでは対人関係がうまくいかないのでは?
とも思えます

そうなると、心の中で
「もう良いです
    あなたには話す言葉はありません」
ってなっちゃうんですよね…

会話は言葉のキャッチボールにより成立するものですよね

質問に質問でかえされると
「ゲゲッ!自打球喰らった!」
位になるんです、わたしはね

四十路を過ぎからの「コミュ障」はちと無いな…