なぜ夢クリの低刺激周期の不妊治療から別の方法へシフトしようと考えたのか
今回はこの件について触れていきたいと思います。
そもそも不妊治療を始める際に、
不妊治療専門クリニックのカウンセリングを受けました。
(その時の内容は→こちら)
そのクリニックではオーダーメイド治療ということをうたっていて
例えば排卵誘発方法にしても以下の12種類を用意し実施されています。
・完全自然排卵周期法
・クロミフェン法
・hMG/rSFH法
・クロミフェン+hMG/rSFH法
・GnRHアゴニストショート法
・GnRHアゴニストロング法
・GnRHアンタゴ二スト法
・シリンジポンプ法
・スプリット法
・GH法
・アロマターゼ阻害剤法
・hMGスプレー法
うーん、なんだか半分くらい初めて聞く方法です。。
そのクリニックのカウンセリングでは、
不妊治療には段階・種類があり、自分がどれに適しているのかは
今後のホルモン値の検査や排卵周期・傾向をみてからになること、
それにより治療費も幅があること等を説明していただきました。
この様なオールマイティ(と言っていいのか?)な実績も設備も整ったクリニックであれば選択肢も多く、また医師の所見で自分に適した治療法を勧められ選択することが可能です。
けれど当時の私はそのクリニックで治療が出来ない(3ヶ月先まで予約が取れない)ことで、次に病院を決めるときは治療の方法云々よりも、口コミの情報や通い易さを前提として選んでいました。
今実際に治療を経験して感じていることは、
以下を優先順位として意識する必要があったのではないかと思っています。
①クリニックのレベル
→実績があり治療方針も統一されている(医師によって見解が違うことがない)、また治療の目的とエビデンスが明確
②メインの治療方法の選択
→自然周期・低刺激周期での治療なのか、薬の服用だけでなく注射やトリガーを用いての刺激法なのか(それぞれのメリット・デメリットを理解した上で検討する)
③規模や設備・通院環境
→ARTまで受けられるか、検査体制が整っているか、施設の雰囲気はどうか等(些細なことかもしれませんが常に待合室がいっぱい長時間待たされ苦痛・受付スタッフの私語が酷いといったことも案外ストレス)
これらを踏まえ過去受診したクリニックにクリアした項目を当てはめてみると(※あくまでも主観です)
六本木のクリニックは③のみ
夢クリは①、③
であったのかなと思います。
夢クリは実績もあるし設備も整い、医師の見解も分かりやすく
とても良いクリニックでした。
ただ低刺激での誘発方法が私の年齢とAMHにマッチしていたのか腑に落ちないところがありました。
そして低刺激以外は高刺激と認識していた部分がありました。
高刺激は「ネーミング的に、薬漬けで人工的・低刺激の方が身体に優しく負担も少なそう・・・」
そんな偏見をもっていたのかも⁈しれません。
自然周期・低刺激周期以外の刺激方法とも比較して、自分にはなにが有効的かという目線で検討することはしていませんでした。
まあそんなに簡単に白黒つけられることではないとは思いつつ、
そもそも不妊治療にはどんな方法があり自分に当てはめるとどうか、、
上記のことが頭の片隅にあれば転院のタイミングや採卵の回数、移植のタイミングも自分の意志で計れ、能動的に進めたのではないかと感じています。
私が次に転院したクリニックは
上記①②③を踏まえて選択しました。
あとは結果がどう出るか・・
そろそろブログも現在に追いついて行きます。
最後の卵を移植するも
稽留流産という結果になり
願いとか運とか目に見えないところでの奇跡みたいなものを期待するのも虚しく、
ただただ私は高齢である故の不妊なんだと厳しい現実を受け止めるほかありませんでした。
それでも着床して胎嚢の中に映る我が子をモニター越しに見て
一瞬でも母親になれたんだ
これまでの治療は無駄ではなかったんだと自分の心に言い聞かせていました。
ただこのまま治療のやめ時を掴めず、迷走して結果的に子供がいない人生へもシフトすることも出来ず前に進めないことにならないように、主人との話し合いでもう1度だけ採卵をし、どんな結果であれ今度こそこれを最後に区切りをつけようと決意が固まりました。
医師から指示のあった8月の生理2日目に夢クリを受診しました。
♦︎採卵周期 3回目♦︎
※成功報酬制度(→こちら)2回は終了し通常料金制度にて治療
D2
・AMH→1.99ng/ml(前回の1.57より上がってる!)、
E2→56(基準値30-40よりやや高い)
・診察はS女医。今周期からは前回までの薬の処方から変えてみますとのこと
前回まで→レトロゾール1日1錠3日分後、クロミッド 1日0.5錠4日分服用
今周期→クロミッド50mg 1日1錠7日分
・卵胞は左右で数個ずつあり
D9
・診察はD2とは別のS女医。
FSH→7.6で下がり始めているため、クロミッド1日1錠をあと3日継続
採卵周期2回目まではレトロゾールとクロミッドでやっていたが良い結果にならなかったのでやり方を変えていきます、とおっしゃっていました。
診察時になぜレトロゾールを使わない選択をされたのか伺い忘れたので、処置室で処方された薬を受け取る際に看護師さんにレトロゾールとクロミッドの効能の違い等を確認しました。
すると看護師さんは、
・前回と薬の処方が変更となったのは院内の方針が変わったこともある
・クロミッドを使った方が成績が良い(夢クリでは)
・レトロゾールは今ある卵を成長させるものだが、クロミッドは今ある卵+これからの卵に働きかける薬
このような回答でした。
素人の私の意見ですが、薬を変えるといってもあまり大きな変化はないような印象でした。低刺激という治療の中では使用する薬も量も限りがあるのかもしれません。
正直前回までの処方で結果に繋げることが出来なかったのであれば
可能性を尽くして欲しいと思いました。
ふとそんなことを感じていました。
D12
・診察は初めてのI医師。E2→527で伸びているが卵胞が20mmくらいまで成長するのが理想。この時点では大きいもので右卵胞に2つ(16.6mm、15.2mm)。クロミッド1日1錠2日分追加。2日後に再診しその際おそらく採卵日が決まるとのこと。
D14
・診察はW医師。前回の右2個卵胞は21.2mm、21.4mmに成長していた。他10mm以下の小さい卵胞が3つ見えているが穿刺出来るかは当日の状態によってとのこと。
・採卵日2日後に決定。
・点鼻薬ブセレキュア(排卵を防ぐ)処方あり。本日24時に点鼻。
D16 採卵日
結果は・・・・
なんと4つ穿刺したうち採れた卵は1個でした!!!
3個はなんと空砲という予想外の結果です。
空砲空砲空砲・・・なぜなぜなぜ
ものすごくショックでした。
D18 分割の確認(培養室へtel)
唯一採れたMⅡ期1個は顕微受精で分割
D24 培養結果の確認(培養室へtel)
胚盤胞になったが、その後の状態が悪く成長せず凍結できず。
えっ!?
凍結が出来なかった??
2度目の絶句です。
これはまさに想定外の結果となりました。
採卵をして胚盤胞が0という事実、、、
たかをくくっていた訳ではありませんが、
採卵をすれば1つでも胚盤胞になる卵が採れるものだと疑いませんでした。
でも冷静に考えてみれば散々42歳の妊娠・出産率が厳しいということを様々な情報で目の当たりにしているのだから、妊娠の過程に必要な採卵がうまくいかないことは容易に想像が及ぶことですよね。。。
またしても身の程知らずな自分の思考に、Wでショックを受けていました。
放心状態、、いやそんな暇はない。
せっかく決意表明したのに呆気なくこれで終わってしまって良いのだろうか!?
良いはずはなく、今回の3回目の採卵周期からの治療について振り返ってみました。
薬の処方はベストだったのか?
私のAMHで胚盤胞凍結数0は妥当なのか??
疑問は解消されませんでした。
また余談ですが、、
成功報酬制度にかかる2回までの採卵は、O医師がメインで診察となり(判定日は主にS院長)当日の出勤の都合でなのか、他の医師にあたることは時々あるといった状況でした。
しかし今回からの通常料金制度になってからは、基本的に非常勤である上記の女医かW医師・I医師に診察していただきました。
夢クリは指名制ではないのでこちらから担当医師を選ぶことは基本的にしていません。
けれど成功報酬に2回という期限をつけているのにも根拠があるのだと思います。
2回で結果を出せなかった場合は難しいのでは、、と感じました。
医師の診察を分けているのも理由があってのことなのではないかと。。
色々思いを巡らせて、もうこのクリニックで出来ることはないのかもしれないと感じました。
それは主人も同じだったようです。
でもこれからどうしていくのか・・
まさにこの次の選択が明暗を分けることになるのではないか、
私の中の心の声が「次こそベストな選択を」と背中を押してくれている様でした。
そして出した答えは、
低刺激から一転、他の刺激方法を選択して最後の不妊治療にかけていくことでした。
心拍停止を確認した2日後、掻爬手術を受け
私の子宮内には妊娠していた形跡もなくなり、
代わりに心の中にぽっかりと大きな穴が空いていました。
今は何も考えずゆっくりしたい。
心から休めていない。
どこに向かっているのかわからない。
手帳にはそう心境が記されていました。
術後は1週間後、更に2週間後に診察を受け
hcgの数値の下がり具合をみて行きました。
手術から約1ヶ月後の診察にて
特に異常がないことを確認し、経過観察は終了しました。
この時点でhcgは2.4、採卵周期には0.1〜0.2までになっているのが理想とのことで
「もし採卵を希望するならば2ヶ月後の8月の生理2日目に受診してください」と医師から告げられました。
妊娠から流産、そしてまた採卵(すでに凍結卵はなし)という目まぐるしい動きに気持ちが中々ついていけませんでした。
そして本来ならばこの移植で私たちの不妊治療は終了する予定でした。
けれど私は諦めきれませんでした。
なぜならば私も妊娠出来るということを
身を以て体験したからです。
主人と改めて話し合いの場を設け、
「妊娠の可能性が低くとも、あと1度の採卵で取れた分治療を続けたい」と
今後についての自分の正直な想いを伝えました。
主人は
「もう子供のことは難しい、次に挑戦しても無理だと思うから治療を続ける意味はないと思っている。治療をすること自体を反対しているわけではないし、子供も出来たら嬉しい。ただやはり現実は厳しい、自分たちに子供が出来るとは思えないからモチベーションも保てないし不安を感じる。」
そう話していました。
至極もっともな意見であるし、誠実な人だなと思いました。
そして主人も子供についての諦めがついていないのだと感じました。
不妊治療をしている時は結果がうまく結びつかなくとも、治療を継続していることで
「妊娠出来る・子供を設けられる可能性」と繋がっていることが出来ます。
治療をやめてしまうと、その可能性が絶たれ(自然妊娠しない限りは)もう子供のいない人生を歩む他ありません。
私は今
その決断をすることが出来ない
と強く感じたので、主人にもう1度挑戦して行きたいと話しました。
でも大切なのは双方の気持ちに折り合いをつけること、
無理強いして相手の気持ちを置いてきぼりにすることはしたくありませんでした。
主人と話し合いの結果、
もう1度夢クリで採卵をし、採取できた卵の移植を以って区切りをつけることを決めました。
しかしその採卵は、まさに想定外の結果となるのです。
生きていればいろんな壁に遭遇するけれど、
超えるか留まるかを自分で選択出来たならばもうそこで新たな路を切り開いていることになるのだと思います。
暗闇から、少しの光でも見つけていこうと気持ちが動き始めていました。
下を向いていたら空が晴れているかどうか
わからないもんね。
移植3回目にして初めての妊娠陽性判定。
途中ホルモン値の失速があったり、
立て続けに陰性判定だったり、、
妊娠することの難しさを痛感していたので
陽性という結果に心から安堵していました。
お腹をさすって声をかけたり
ヒールのない靴を買いに行ったり
ワクワクが止まらず
こんなにも明るい世界が広がるんだと暖かい気持ちに浸っていました。
5w1d(妊娠5週1日)に胎嚢確認、
5w6dの診察では胎嚢は成長し卵黄嚢が見えましたがまだ心拍は確認できませんでした。
6w4d 心拍確認
夢クリだとこの日の胎児心拍数:110/分以上が基準値ですが
私の結果は76。。。でした。
診察はS院長で「難しいですね、、」と。
もうあまりに意外な結果に絶句です。
この日のこの後のことはあまり覚えていません。
7w2d
さらに心拍が弱くなっていました。
医師に妊娠継続の可能性を確認したところ
「私の経験上、この時期にこの数値でこの先も妊娠が継続した患者さんはいません。」
と、はっきりおっしゃいました。
※この時はっきり見解を伝えてもらい良かったです。
今思うと私にとっては期待を持たせられるよりも、厳しい現実を告げられた方が
後々の気持ちの立て直しに違いが出たのではないかと思います。
今は薬でなんとか妊娠が継続している状態、
もうこのまま続けても意味はない為ホルモンの服用もこの日で打ち切りとなりました。(次回診察までに心拍は停止するようです)
朝日を浴びているような暖かい光の世界から、
すーっと暗闇の世界に引き込まれて行くような感覚でした。
涙も出ず、ただただ無気力でした。
8w0d 心拍停止
本当なら妊娠3ヶ月目に入るところでした。
薬の服用を止めてから、度々の腹痛とかなりの出血(血の塊)がありましたが
この日の診察ではまだ胎嚢は子宮内に残っていました。
心拍が停止するまで、なんとか子宮内に留まっていたいというお腹の子の強い意志に感じられ、いたたまれなくなりました。
2日後に流産手術を行う予定となりました。
帰宅して緊張が途切れると
本当に流産してしまったんだ
お腹の中で亡くなってしまった子を想い
涙が溢れ、主人と一緒に声をあげて泣きました。
手術を行うまでのこの期間が今まで感じたことのない暗く辛い時間でした。
でも辛いのはこのお腹の中の子も一緒
そして主人も同じ
産んであげることは出来なかったけれど
何度も何度もお腹に手を当ててありがとうと感謝しました。
それから眠れない日が続きました。
8w2d 掻爬手術
当日、前処置で子宮口を広げるためのラミセルを入れ、2時間以上経ったのち手術となりました。
見慣れた手術室でしたが、採卵でもない移植でもない希望のない冷たい処置に心の痛みと身体の痛みの区別もつかず、静かに深呼吸を繰り返していました。
処置後、2時間程クリニックのベッドで休み帰宅しました。
自宅に着いてからも数時間眠ってしまう程
心も身体も疲れきっていました。
不妊治療の底知れない闇に
取り残された感覚でした。
その時の様子を思い出してブログに綴っている今も、涙が溢れてきます。
あれから半年経過していますが、
この時のことを一生忘れることはないでしょう。





