母が結局骨折していたらしく

オペをすることになりました


2泊3日?になるらしい。

もちろん延長ということもあり得る


で、認知症が進むことに対しての予防?と

おそらく激しいと思われるせん妄対策に

個室に入れ妹がつきそうことになった


退院すると思われる日に妹が夜勤なので

その2日間は私が泊まりに行く予定


この前から母のことをずっと考えていて


まだ世間も知らない娘の頃に出会った父を見て

優しそうなハンサムな人だと思って結婚したら

新婚の夜からアホみたいに酒を飲んで酔っ払って

決してロマンティックでもなんでもない初夜を迎え


日頃はほぼ海の上にいるのでひとりぼっち

父が陸にいる間は毎日酔っ払いの父の相手をさせられる日々


なんかもう

絶望だったんだろうなと思う


たまにデートしても

喫茶店に母を置いてどこかにいき

おかしいと思って店を出て探しにいくと

その先には飲み屋のおねーちゃんとどこかに消えて行く父を見たそうだ


笑うなぁ

ほんまにクズや。


離婚したいと言っても生活していく術もなく

実父からは出戻り禁止令が出される始末


そんな中で私を身ごもり

1人で出産し、育ててくれた


私は文字通り宝物だったんだろうなと思う

(それか足枷かのどっちか笑)


あまり友達のいない母にとっては

特に私は愚痴仲間でもあり

私は母の絶対的な味方でもあったので

いろいろな事を聞かされた

妹が、父母の間に起こった事で

知らないことが多い事に驚いている


母は私に帰ったきて欲しかったんだと思うけど

私は地元を出た時から帰るつもりもなかった


田舎の病院で一生過ごすのも嫌だった

都会の病院で新しいことを学び身につけていきたかった


そして医者と結婚したことで

母は私が家に帰るのを諦めたんだと思う


だから離婚した時帰ってくると思っていたのに

さっさと子供達の近くで自活できる場所で新居を構えてしまったので

相当がっかりしたんだろうな


親不孝だな

けどやはりあの狭い地域で一生過ごすのは

あまり楽しくない


日常的に耳に入ってくる噂話や

それほど努力しているわけでもないのに地主だからと言って偉そーなやつとかオバハンとか

ほんま嫌いだったし


当時引っ込み思案だった私は

そんな狭い地域の中で友達を作るのも難しくて

いつもソワソワしていた感じ

今日は誰といよう

明日は誰といよう

このイベントの時に1人にならないかな


そんなことばかり


状況が変わったのは中学になってから


それまで家柄とか気の強さとか

どれほど走るのが速いかとかで順列をつけられていたのが

成績という実に手に入れやすくてわかりやすいことが

人間的価値の指標となった。


そうして医者と結婚したことで

地元ではちょっとしたフィーバーになったらしい


けどその裏には根深い嫉妬や羨望もあった


私が混乱の中離婚した時

うすら笑いをしながら噂話をする人いたんだろうと

確信している笑


私自身は離婚して本来の自分に戻れたので

生活は苦しいけどまともになったかなぁと感じている


こっちの方が良い

勘違い人生は痛いし時間の無駄使いだと思う


けど母は?


「そんなんやから離婚されるんや」と言った言葉が突き刺さっていて

もちろん認知症あるし

母も腹を立てていたので私を傷つけたかったんだろうけど


心の底に本音としてそれ、あったんじゃないですか?って言うのが最近の疑問


それが

「私が元夫と再婚する」妄想に繋がってたのかなぁとか

いろいろ考えてしまって


お母さん、

私があのような経緯で離婚したことについて

あなたは本心ではどう思ってたんですか


それがもう無理だけど

今母に聞きたいこと


今私は、とても傷ついている