日々ぐったりの毎日を生命カラガラ過ごし
早、1ヶ月
仕事は慣れてきた
とは言ってもまだスピードは遅い
けど気にしないことにした
時間通りに淡々と仕事をする
自分のできることをする
で、一昨日、ポスピス勤務時代に申し込んでいた研修があり参加した
看護師が多いのかと思いきや
看護でも管理者であったり
医師であったり
なんか凄そうな人たちがちらほら
参加者自体少なくて、こじんまりとした会だった
主催者もなんか偉い方だったみたいで
始まる前からなんか圧倒されてしまった
海外で学んでいたり博士論文をかいていたり本を出版されていたり、ね。
まぁでも持ち前の厚かましさでいろいろ話しかけ、相談しようとしたけど
ことごとく話途中で会話を逸らされた
なんか落ち込みました
そんなしょーもないことを話してたかな😓
けど研修を終わって
なんか志す方向が掴めたような気がして
それは収穫でした。
要は
来年から定年につきパートになるので休みやすい
給与を確保しながらちゃんと学びに行こうと。ある場所に。
願書は12月、まだまだ先
そして試験があり、合格せねばなりません。
でもやはり終末期が好きだなと再確認
今の所は、経済的な理由で必要な職場と思うけど
いずれ必要がなくなれば離れていく場所だなと踏ん切りがつきました。
疲れたばかり言ってウダウダしてられない
会が終わった後、一緒に参加した昔の仲間とお茶をしました
お互いの想いを伝え合いほっこりしました
彼女も会の雰囲気には物おじしたみたいで笑
けど、話してて2人とも意見が一致した
話を逸らされたのは現場の悩みとは無縁なところにいるから答えようがなかったのではないか。
私が質問したのは下記
1:宗教は看取りの場で必要と思いますか。
それは何故ですか
2:仲間もお金もない私が地域で孤独に過ごす方達に寄り添うにはどう言った活動ができるかアドバイスをいただければ嬉しい
3:遺族会的な物を見学したい
3については明確な答えをくれたけど、1、2については本当に途中で話を遮られそのまま中断となったのですよね。
現場職員と研究者は視点がまるで違う
優劣ではなく。
そしてもう一つ、経済的に豊かというのが
研究者には必要なんだなと思った
おそらく彼女らに経済的な困窮はないと思われる
話の端々に
『イギリスに留学したらどうかしら』なとという会話が入れられる。年単位で留学するのは普通のことらしい。
私はやはり現場向き
現場しかできん。
現場がしたい。
学ぼう。そのあとどうなるかはわからないけど
同時進行で現職場も少しずつ変えて行けたらなぁと思ってはいたのですが、
今日出勤して『むーりー』と思いました笑
けど不思議なくらい
先に希望が見えてきたということだけで
心はずいぶんと軽いのです。
試験に『合格』しないといけないんですがね。
落ちる可能性だって当然あるわけで笑
私あるところではかなりせっかちなので
早く12月がきて欲しいのです笑
進みたい。