大門素麺(富山)

日本は噛まない「知恵」の宝庫

 これだけ暑い日が続くと、ごはんが食べにくくなることがあります。暑くなって胃袋が疲れてくると、胃袋は「噛む」必要がある食べ物は勘弁して欲しいと指令をだします。ただし、それで「でんぷん」が減ると仕事にならなくなるだけではなく、夏バテしてしまうことになります。真夏でも丼めしを食べている人に、夏バテなど無縁です。

 日本の夏が蒸し暑いのは今に始まったことではありません。そのため、日本は、夏でも「でんぷん」が減らない工夫、噛まないでも食べられる食べ物が考えられてきました。その究極のものが、喉越しのいい麺類、素麺であり冷麦です。同じごはんでも、暑い沖縄には昔から「ジューシー」という雑炊があり、宮崎には「冷汁」、冷たい猫マンマのようなものがあります。日本一の高温記録を出したことのある山形県には、ごはんを冷水で洗った「水かけごはん」があります。土用の丑の日に、うなぎを食べるのも、うなぎの香りと美味しさ、そして、濃厚なタレによって、噛まずにかきこむように食べられることにあります。カレーライスも同じです。夏に食べることが多くなるのも、スプーンで噛まずに飲み込むように食べられるからです。

 「甘酒」の季語は冬ではなく夏です。昔の浮世絵などを見ると、夏に「甘酒」と書かれた幟(のぼり)を掲げ、天秤棒で売り歩く人が描かれています。まさに、ごはんが食べにくい夏場でも、甘酒なら飲めるから売れたのでしょう。甘酒もまた、でんぷんをとるための知恵です。

 現代の食生活は軟食傾向にあります。あまりにも噛まなくてもすむ食べ物が多くなり過ぎています。そのため、歯科の先生方の中には、ひたすら「咀嚼しなさい」という方がいます。咀嚼の大切さを教えていただくのはいいのですが、夏場に咀嚼したら食欲が落ちる人がいます。幼児や高齢者、あるいは胃腸の弱い人は、かなりの負担になってしまうことがあります。

 蒸し暑い日本は、噛まないでも食べるための知恵の宝庫とも言えるのではないかと思うことがあります。それらを考えたとき。食生活全体を見ないで、咀嚼をすすめることには非常に違和感があります。

 蒸し暑い日が続くと、飲み物ばかりになって「でんぷん」が減ってしまうことがあります。そのようなときは、つるつると麺類を食べて、夏バテを予防したいものですね。(長野県の雑誌に連載)