水君6年目





今日はうちの『ウォーター君(シェトランドシープドック)』の6回目の命日でした。



もう6年になりますか・・・。

正直言うと記憶は薄れてきましたが、それでもこうして写真や関係した品などをご飯を食べる部屋に飾っています。

とは言っても写真見たり、思い出を深く思い返そうとすればやっぱり胸が苦しくなり、目頭は熱くなります。



私にとっては「弟」みたいな存在でした。母にとっては「息子、孫」だったのかな?今でも一番思っているのは母かもしれません。

祖母は部屋にずっとゲージを置いてくれて夜は一緒に寝てくれました。「孫、ひ孫」みたいな存在だったのでしょう。一緒にいて大変だった事も多かったと思いますが、身体の弱った今でもウォーターの写真を見せると「可愛かった。」と言ってくれます。



最後の頃は腎臓が悪くなってしまって、目も見えず歩くこともままならず、そして最後の日の息を引き取る瞬間を私は見ました。というか私が抱き上げたせいで喉がつまってしまったようなものだったと今でも思います。でなければもう少し生きれたかもしれません。

今書いていてそれを思い出しました。そういう自分に都合の悪い事は忘れているなんて最悪だなって思います。



今年ウォーターが眠っているペット霊園の合同のお墓に行けてなくて。春には祖母が具合が悪くなり、入院して夏が過ぎて父が脳梗塞で植物状態になったりで、家から結構離れているその霊園まで行く暇が中々とれなくて。今の家の状況を分かってくれて「仕方ないな」って思ってくれていればいいなと思います。



私、母、祖母が逝った時にウォーターに会えたら、それは救いであると願いたいです。