誰しも、「与えたい・与えられたい」という氣持ちがあります。
それが極端に出ると、
*人から何でもタダでもらいたい、もらわないと気が済まない
*人に何でもあげたい、自分を犠牲にしても何とかしたい
となります。
よーく考えると、どちらも極端ですよね。
これが片方しかないとなると、それはとても不自然なこと。
なんでもかんでも「ちょーだいちょーだい」(でも、自分のものはあげない)なんて人と友達でいたい?
いつも「私はいいの。あの人が幸せなら」と言いながら、いつも暗く沈んだ顔をしている人のそばにいたい?
要は、バランスなんです。
ちょーだい、と思う自分も
あげたい、と思う自分も
どちらも居ていい。
ちょーだいとしたなら、誰かにもあげる。
それでいいんだと。
ちょーだいは言えるけど、あげるねが言えない。
あげるねは言えるけど、ちょーだいが言えない。
どちらも「一応、そういう希望です」ということで、希望を通してみる。
通らなくて我を通した時に、単なるワガママになるんだろうと思うので。
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