子どもの頃は色んなものが輝いて見えた。
知らないこと、おもしろそうなこと、色んなものに目を輝かせていた。
それは「好奇心」というもの。
いつの間にか、大人になったら「わかっている」顔をしなくてはいけなくて、
自分の利益になること以外、目を輝かせることが少なくなった。
いくつになっても「好奇心」というものは変わらないのに、
それを感じる私たちが変わってしまう。
それが<大人になる>というのは、ちょっと違うような気がする。
感動するということを忘れた大人より、
少し子どもじみている方が楽しい。
時には人の目から自分を外してみてもいいんじゃないか。
ブスッとした毎日を送る<自称・大人>よりも、
笑っている「たぶん、大人?」の方がきっと楽しい。
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TPOをわきまえずにゲラゲラ大声で笑いしゃべりまくる・・・というのは、もちろん迷惑。
「わきまえる」ということが出来る=大人、だと思うんです。
楽しければなんでもいい。
自分さえ楽しければ、周りが迷惑してもいい。
そういう考えは、幼稚。
「子どものような無邪気さ」とは全然違うモノ。
たまにはき違えている人いるのですが、あれは見ていて「イタい」ですねぇ。
子どもじゃなくて、かなり前の世代ですが「オバタリアン」でしょう。
周りのことも見ながら、自分も楽しむ。
これが本当の「大人」の無邪気さではないのかなぁ。
なんて、思ってみました。





