ミャンマーの国軍によるクーデターは勿論批判に値し、ミャンマー社会に打撃を与えているのは間違いない。しかし、既に起こってしまった現在、正義を叫ぶのではなく、まず内戦激化回避、次に安定と経済発展再開を目的とし、現実的な手段を考えるべきだ。
- ミャンマー苦難の原因は英国植民地支配にある。英緬戦争で屈服させた後も頑強な抵抗に遭った英国は、英国植民地で最も過酷といわれた支配を断行し、王族をムンバイに流刑、王子は処刑、王女は英印軍軍属の愛人にさせられ、いつもの分割統治政策で、カレン族、カチン族、チン族山岳民族を等キリスト教に改宗させ、軍・警察を担わせ、インドからイスラム教のベンガル人を入植させ、華僑と共に金融を担わせ、人口の7割を占める仏教徒のビルマ人を農奴に貶め、単一民族、単一宗教の国家から多民族、多宗教国家に改造した。日本に置き換えて想像すればばどれ程の屈辱かは想像に難くない。この時入植したベンガル人がロヒンギャ問題の原因であり、史上最も長い内戦といわれる民族対立も英国支配が原因。パレスチナ問題と同じ。
- 歴史的に、ビルマ人、特に国軍は、この屈辱をそそぎ、ビルマ人中心の国家建設が宿願であり、それ故に外国人に対する警戒心は非常に強く、欧米は信頼されておらず、インド、中国等の影響も警戒している。ネ・ウィンの鎖国、デノミと徳政令は、華僑とインドの財産を失わせ過大な影響を削ぐ為ともいわれる。一方、国内では内戦を継続する一方、国名を特定民族を意味するビルマからミャンマーに変え共存を訴えている。
- 国内の主な勢力は、NLD(ビルマ人を中心とした民主派)、国軍(ビルマ人中心)、各少数民族(カチン族、ロヒンギャ等)。国軍vs民主派、以上にビルマ人vs少数民族の対立が根深い。NUGはNLD+少数民族だが、NDLは以前は少数民族対策に積極的でなかった。
- NDL政権の実績はその前のテインセイン政権以下というのが一般的な評価。少数民族との停戦合意はテイン政権時代8(責任者はミンフライン)、NDL政権では2(NLDを国軍が邪魔したとも、NLD側のミスとも指摘される)。経済成長もテインセインの方が実績がある。NDL政権の行政能力は低いと言われる。
- 2020年11月の総選挙は、NDLが予想外に勝ちすぎた側面がある。2020年11月の選挙では下馬評ではNDLは議席を減らすとみられていたが(尚、いずれにせよ議席の1/4は軍人議席)、結果はNDLが前回以上の圧勝。日本を含む各国の選挙監視団が「概ね公正な選挙だった」と認定している一方、選挙前からコロナ下での選挙はNDLに有利と少数民族政党も含めた批判があり、選挙の公正な実施への懸念もあった。選挙後の国軍派からの選挙不正の調査要求を政府は拒否。
- ミャンマーは小選挙区制。NLDは約6割の得票率で約8割の議席を獲得したのに対し、国軍系のUSDPは約3割の得票率で1割以下の議席しか獲得でなかった。ミャンマーはNLD一色ではなく、クーデター支持デモもあった。国内の小規模ビジネスは国軍支持との意見がある。一方、若者のクーデターへの反発は軍政になると国内経済へ希望が持てない為との指摘がある。
- スー・チー氏の人気は依然絶大だがスー・チーは現在76歳であり、NDLはスー・チー氏の他に人材がいない事が課題とされ、またスー・チー氏も若手の登用には積極的でなく、かつての側近を切り捨てている。スー・チー氏個人は頑固で以前は非現実的と評される一方、国民の間では実務能力が信頼されているという見解もある。
- 反ロヒンギャは、ビルマ人の多数派は支持。ロヒンギャという民族はミャンマーでは認められておらずベンガリ(ベンガル人)と呼ばれる。スー・チー氏もロヒンギャに対する国軍の行動を擁護している。クーデター発生後、ロヒンギャ難民はスー・チー氏拘束に歓喜した。スー・チー氏は国際世論より国内の支持を選んだともいわれる。
- ミン・アウン・フライン氏は国軍では穏健派で民主化には積極的と評される一方、大統領への野心も指摘される。クーデターへの国民の反発は予想外の様子。
- スー・チー氏と国軍はテインセイン政権時代は比較的協調的だったが、クーデター前は相互不信に陥っていたとの事。
- クーデター反対派の過激化・暴力化が国軍側を強硬にした面もある。また国軍の一方的暴力ではなく反対派も同様。クーデター後、当初国軍は比較的穏健で寧ろ国民を宥める調子だったが、反対運動が激化に応じて硬化した。10月現在市民側の死者は1000人を超えるが、NUGは国軍側も死者1700人と発表。
- クーデターへの反応では、ASEANは国により異なる。中国は以前から国軍、NLDどちらとも関係を保ち今回も内政不干渉。ロヒンギャ問題で欧米から非難を浴びたスー・チー氏は中国へ接近している。インドは国内民族問題対応の関係等からミャンマー国軍との関係が深い。
以上踏まえた私見は以下。
最も回避すべきはNUGの武装闘争による内戦の激化で、国軍を悪NUG正義と煽るのは事態を悪化させ絶対に避けるべきだ。国軍全否定も民主派全否定も非現実的だ。どのみちNUG勝利に強い利害を持った周辺諸国がない中で、NUGが国軍を武力で打倒するのは非現実的で、仮に打倒したとして国軍の重しが外れたら内部抗争が始まり別の内戦が長期化し、状況は悪化する。戦術的にも非暴力で国際社会に支援を訴える方が効果的だ。国軍がNLDを解体しようとするのはやり過ぎであり国民は絶対について来ず非現実的だ。お互いゼロ百を主張しては永遠に問題は解決しない。
自分は武力闘争を断固抑える一方、早期の選挙実施、特にミャンマーの選挙制度を比例代表制として、選挙を実施するだけでよいと思う。3/4の民主主義は当面維持し、国軍は当面一定の勢力を保つことが現実的だ。民主主義の歴史の浅い多元社会で小選挙区制では無理が来るのではないか?国軍側も元々民主化自体に反対ではなく、総選挙も約束している。選挙を公正に実施すれば、国際社会から信任が得られ、経済活動は再活性化し、国民の不満は和らぐ。現実通り国軍派が3割程の議席を得れば、少数派の国軍派も安心する。NLDもスー・チー氏個人独裁を自省する機運が生じ、若手が台頭する事は長期的に望ましい。民族問題も抱える中、初期民主社会で国軍による秩序維持は寧ろ不可欠であり、民主化は時間をかけて段階的に進める他ない。
欧米の独善を断固拒否し、ASEAN、日本、中国が現実路線を進めるべきだ。社会状況を考慮しない欧米によるナイーブな民主主義の押し付けと反対派の一方的正当化は、リビアやシリアのような結果にしかならない。エジプト、タイのクーデター程何故騒がれないか?そもそも問題の原因を作った英国だ。国軍が欧米を信用しないのも当然だ。
本記事の執筆の動機は、正義のNUGが悪の国軍を武力で打倒すべしという過度に単純化された大多数の論調への問題提起にある。目的は正義を主張する事でなく、現実を客観的機械的に把握した上で、内戦激化回避、社会の安定と成長にあり、現実的効果的な手段を考えるべきだ。論理的は批判は歓迎する。
更に欧米メディアへの追従ではなく自分の頭で考えた見解を提示するのが寧ろ我々の世界に対する責任と問題提起したい。民主主義絶は絶対善でなく手段の一つに過ぎず秩序はその前提であり、例えば反温暖化は貧者を苦しめ絶対善等と言えず、欧米メディアの主張は主観的な一見解にすぎない。
アルジャジーラはいう。
One opinion, and the other opinion.
一つの意見があれば、もう一つの意見がある。