以前、「かつてオランダ病に苦しんだオランダは、メリット、デメリットを冷静に判断し、メリットが、デメリットを上回れば、(摩擦があっても)合理的判断を下す、という姿勢により、経済的に復活し、繁栄を享受した」という説明を見て、興味が湧いた。
ということを書いた。そこで、旅の間に、こういうことがどういうことなのか、この目で見てみよう、というのがあった。ただ、行ってみると、思ったよりこうしたことを肌で感じることはなかった。ただ、旅の間読んだ『オランダモデル』という本は実に興味深く、以下書くことも、その本を読んで思ったことが中心となる。(ただ、2000年出版の本なので、ちょっと古いかもしれない)
まず、オランダは、今、EUの中でも経済の優等生で、「オランダモデル」と称賛されるそうだ。まず一読して思ったのが、日本社会の状況と似ている、あるいは、日本の状況がさらに進んだ部分が多く、それに対して、一つの回答を出していて、それがアメリカとは異なる答えであり、かつ魅力があり、より今の日本に参考になるのでは、と思ったことだ。日本は、アメリカを通した世界しか見ていない、と言われて久しいが、実際あの選択が唯一の回答でもないし、今の日本にとって望ましい回答であるとも思わない。日本の将来を考える上で、アメリカばかりでなく、世界に視野を広げて考えるべきで、特に、国が豊かであり、かつ高齢化が進むヨーロッパの選択は、より参考になると思う。
オランダ病、というのは、天然資源の発見という幸福によって、社会福祉が充実したが、通貨高となってしまい、それにより競争力が落ち、社会福祉の財政負担が財政を圧迫した、というもので、1985年ぐらいの現象だが、ここからわずか15年で経済を復活させている。
興味深いことに、状況が、今と未来の日本に重なると共に、古き良き日本と重なるところもある。
・通貨高による競争力の弱体化
・貿易立国
・高齢化
・共働き社会
・政府と産業界の協力、政労使の合意
・コンセンサス社会
・インフラ立国
アメリカというのは、その建国物語は有名で、その時の信念が、なんだかんだ今も国の在り方に大きな影響を与えてる。この点、実はオランダもかなり似ている。オランダのアムステルダムは、アムステル川をせき止めて、人が住めるようにしたことが、街の発祥らしく(そういうのを展示した博物館があり、実際、ダム広場から、どんどん町が広がっている)、また、海や湖を干上げる干拓地=ポルダーを広げていったが、そういう、人の住めないところを、人の力により生活を築き上げた、というのが、一種の建国物語であり、誇りであり、伝統になっているとのこと。「世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った。」と言われるゆえんだ。(いい響きだ。)
また、そういう流れから、多分、一緒にオランダを作った人がオランダ人、という感覚はあるのだろう、移民には、伝統的に大変環境な国で、この多様性と寛容、というのも、オランダの特色とのこと。そういうところでみんなが衝突なくやっていくためなのだろう、、原則論よりも合理性、機能性に基づく考えが徹底してる。(ここは、日本と大きく違う。)象徴的なのは売春とマリファナがOKということ。
一方、歴史と地図を見れば、一目了然だが、オランダは、ヨーロッパの戦略的な急所であり、良くも悪くも環境から多大な影響を受ける。それゆえに、自らの力を信じるとともに、世界情勢に目を向け、適合していかなければ生きていけない。この点オランダの環境は、韓国と似ていると感じた。
オランダモデルの代表的な柱に、パートタイム経済というのがある。フルタイム労働とパートタイム労働の給与その他の差別を完全に撤廃することにし、人々はこれにより、多様なライフスタイルに合わせた自分なりの働き方を選択できるようになり、一方、ワークシェアリングも促進された。実際、今、自分が社会に出て働いていて思うのだが、実際、今の日本では、「男は仕事、女は家庭」というのは、かなり贅沢なライフスタイルで、実際は共働きが多くなっていたり、一つの会社で一生勤める、というのも、むしろ少数派になっていたりと、人間の生理的なニーズと社会制度との間にギャップがあると思う。こういうのは、無理に昔の制度に合わせようとすると、ますます行き詰ってしまうので、社会が流動化したり、個人化したりしていることに合わせて制度を変えていく方が、その人の生活も、国の経済自体もうまく回るのだろうと思う。夫婦で暮らしていくなら、多分1+1=2の収入ではなく、1.5ぐらいで間に合うはずだし、それならば、パートタイム労働というのが男女ともに選択しやすくなっている方が合理的だろうし、会社への忠誠を強制できるほど、国自体が貧しくなく、また人々も多様な人生をより求めていくようになってきているのだから、一つの仕事しかしない、というのも合理的ではないだろうと思う。個人的にも、二つ別の仕事をしているような生活の方が変化と刺激に富んでいて、魅力を感じるが、そう考える人も今の時代多いのではないかと思う。ワークシェアリング、という意味でも、社会として、貧富の差が激しい社会、若い人の失業率が高い社会よりも、みんながそこそこやっていける安定した社会の方に、人々は魅力を覚えると思う。細かい理論づけは、多分やろうと思えばできると思うが、このワークシェアリング、という考えが主流になることにより、起きてくる需要もあるのだろうし、GDPというのは、要はフローの多さ、つまり、世の中でどれほど金が回ったか、ということなので、現代人がもつ自然なニーズを満たすように設計された社会の方が、世の中はうまく回り、つまり金はうまく回り、GDPも増えると思うし、実際オランダはそうなっている。今の日本が経済成長しないのは、もちろん人口が増加しない、ということもあるが、1980年代までしか通用しない制度、つまり、戦後日本の輝かしい復興をもたらした国民的合意が通用しなくなっているにも関わらず、原則的には、それを今だに変えようとしていない、というところにあり、人の自然なニーズを満たす社会になっていないことにあるのだろう。
そう、望ましい社会を実現する為には、国民的合意=社会契約が必要だ。
戦後の日本においては、まず、敗戦の屈辱と絶望の中で、復興と「国際社会で名誉ある地位に就く」ことに対して、まず、潜在的に強烈な渇望、国民的なゴールへの共通意識があった。この強烈な渇望を満たすために、いくつかは偶然の産物もあるのだろう、国民は、将来の為に高い貯蓄をし、教育に投資し、国と銀行は、その投資を、インフラと特定の産業に投資し、国内産業を保護する為に、徹底して自国市場を守った。国民は、終身雇用と引き換えに低所得を甘受し、企業は逆に労働者の会社への忠誠を求める代わりに終身雇用を守ることが求められた。政府も、自由よりも復興・平等・安定を目指し、所得の再配分に心を砕く一方、企業間を競争させるだけでなく、協調・調和させ、国際社会に対して、日本企業の橋頭保を築くことに努力した。
外交政策については、まず、西側陣営に属すことを選択し、極東の鉄のカーテンの最前線に位置し、西側陣営において、発展した豊かな民主主義社会として成功することが、何よりも共産主義への対抗策となることを、西側陣営に説得し、国民の反対を押し切って、アメリカとの同盟関係を強行する一方、支援を得ながら、防衛負担をほとんどアメリカに押し付ける、という曲芸を可能とした。
これらについて、国民的な議論を行わず、密室の中で、エリート達による判断で行われてきた、というのが、興味深い。戦後直後は、様々な政党が乱立していたが、保守合同により55年体制ができて以降は、自由民主党という一つの政党の中に、いわゆる派閥という、複数の政党が共存する、という体制を作り上げ、国民からの直接的な影響を排除しながら、この中のリーダーは、自分の信念、いいかえると支持基盤を前提としながらも、広い視野をもち、異なった利害集団とも調和を図ることが求められ、ここに、合理性と合意のバランスを満たす意思決定が可能となった。(見方を変えると、自民党と社会党の論争というのは、茶番にすぎなかった。また、「派閥」というのは、いかにも、権力闘争集団のように響くがあまり妥当な言い方ではない。政策集団、政党内政党、という言い方の方が的確だ。)この体制の元で、官僚機構は、起伏の激しい世論に惑わされず、長期的な政策を立案、実施することが可能となった。資本関係においても、株式の持ち合い、という技を編み出し、一般株主の影響を排除し、一方、メインバンク制、政府による(日銀、銀行を経由しての)企業グループのコントロール、および、長期的投資を可能とした。なお、教育もこのような体制に合わせて、詰め込み式で無理に対して従順に対応する人材を育成することが目的とされ、いわゆる受験戦争、という状況が起きる。(学生運動の活発化や荒れる学校、というのこの反動であり、ガス抜きであるといえる)。
議論によりこれらが決まったわけではないので、明確な形はないが、しかし、まさにこうした体制について、国民的合意=社会契約が、国民の間でまず間違いなくあり、これは、国民の利益に合致していた。日本に本当の民主主義はない、と一昔前まことしやかに言われた時があった。それはある意味あたっている。日本は、名前の上では民主主義社会と言われるが、戦後の日本は、自由よりも復興と平等をゴールとする社会であり、社会目的はむしろ共産主義や全体主義に近い。ゴルバチョフが、日本は最も成功した社会主義、と評したのは有名だ。明治日本を建国する為に、自由を制限してでも、国防を目的とし、実行の能率性を選択した大久保利通の決断とオーバーラップする。日本社会において、自由、創造性、自主性、批判的思考、論議、多様性、というのは美徳ではない。日本と言うのは、本質こうした社会なのだろうと思う。
一方、こうしたいわゆる日本株式会社、という体制が、一人の天才により設計されたものではなく、様々な人がそれぞれの領域で継続的に編み出した、一つ一つの戦術、つまり、KAIZEN(改善)の集積であり、それがいくつかの偶然が重なっていつのまに、日本株式会社になっていった、という点も非常に日本的な特徴であるように思う。日本においては、マルクスとか、毛沢東、ケマル・アタテュルク、といったような、一人の英雄が賛美される、と言った風潮はない。まさに、複数の建国の父達、あるいは無名の勇者達が、それぞれ日本社会に対して貢献していくことにより、日本が形作られていった。(とはいえ、一方で、岸信介など革新官僚が、満州で実験した統制経済がその基盤となっている、という意見もあり、これはこれで興味深い。)マルクスは、もちろん資本論など読んでいないが、見るところ、過去の分析はそれなりに妥当な分析を行っているが、そこから描く未来の提言について、想像力が欠け、如何に天才でも、一人の人間の構想力では限界があるように思う。体制の構築は、基本的なエッセンスのほかには、その手段については、衆知による継続的な提言の反映によって初めて成り立つのではないかと思う。合衆国の建国の父達が、「憲法は、不磨の大典と扱ってはならない。社会の変化により適応させて絶えず変化させねばならない。」(ジェファーソン)と子孫に助言し、絶えず自ら考え実行することを求めたことは賢明だったと思う。
戦後日本の復興と経済的発展、というのは、驚くべき無意識の戦略とチームワークの勝利であり、その代償は個の圧殺である。
さて、これが明確になれば、現在、なぜ日本が停滞しているか、は明らかだろう。これらの前提が崩れ、以前の国民的合意が失われている一方、新たな国民的合意がないからだ。まず、なぜ日本株式会社のような精巧な体制が偶然にもつくられたのか、といえば、まず、明確な目的への強固な同意の存在が不可欠だと思うが、日本が世界で最も裕福になった1980年代以降、「経済的繁栄」ということに対しては基本的に満たされ、それに対して、個人に犠牲を強いるということが、説得的でなくなっていった、というのがあり、より個人が自由な生き方、無理のない生き方、安定した生活、を求めるようになってきている、ということがあるのだろうと思う。国民のライフスタイルとしても、将来に向けて今貯蓄を増やすよりも、今を謳歌することを施行するようになり、貯蓄率は減っていく。また、国内需要が飽和し、国内で成長が見込めず、一方、経済もグローバル化し、低所得の代わりに終身雇用、という形態が維持できなくなり、それは別の面からみれば、労働者が企業に忠誠を尽くす必然性もなくなっていき、いずれにしろモビリティは、活性化せざるを得ず、実態として、社会はより流動化している。窓口規制、株式持ち合い、メインバンク制もバブル崩壊の影響で破壊され、それぞれの企業は、バラバラに自分の判断で動くことが求められ、一方、より短期的な利益に答えねばならなくなっていった。こうした社会においては、従来の教育の目的も内容も説得力を持たなくなってくるが、それに対して、新しい教育像、理想の人間像は確立されていない。政治については、自民党支配の終焉により、今は、二大政党制になりつつあるが、民主党自体、反自民党支配というシングルイシューでまとまっている集団であり、同じ主張を持った集団のあつまりではなく、自民党と民主党で、それほど大きな意見の相違があるわけではなく、今は単に、意見の違いではなく勢力争いで、お互いデッドロックしており、機能不全に陥り、新しい合意のメカニズムは生まれていない。(まさに、戦前の日本のようだ。)この影響で、官僚機構も長期的な政策を安心して立案できなくっており、また、官僚機構は、バブル崩壊の責任を取らされ、弱体化させられ、また、大きく誇りを傷つけられ長期的国益への意思を失っているが、官僚による国家運営の回復も、代替案の提示もなされていない。外部環境についても、冷戦終結後、極東での西側の最前線、であることについて、西側にとっての意味が弱まり、一方、日本のかわりに、韓国が、西側の最前線としての役割を担う能力を国際社会にアピールすることに成功しつつあり、日本の重要性は薄れている。
さて、オランダに話を戻す。
まず、現在日本は、円高による国際競争力の低下に苦しんでいる。これは、15年前のオランダとまったく同じ状況だ。オランダは、1980年ほどには、天然ガスの輸出により通貨高となり、この期間中社会保障制度を充実させたが、これによる国際競争力の低下で、国内産業が廃れ、社会保障費が財政を圧迫する状態となったが、今の日本も全く同じ状況だ。オランダはこれをどう克服したか。
象徴的なものに、「ワッセナー合意」というものがある。これは、政府、労働者、企業の三者による合意で、実際にも、経団連会長、労働組合委員長、首相の3者による合意である。
・労働組合は、賃金抑制に協力する。
・企業は労働確保に努め、一方、勤務時間は短縮する。
・政府は財政支出の抑制に努め、減税を行う。これによる、産業の競争力を高める。
この合意の背景には、「企業がより高い収益性を達成することにより、より高いレベルの投資が可能となり、それによって多くの雇用を生み出す」という認識があるそうだ。興味深いのが、賃金抑制と労働確保、および、産業競争力の強化、というあたりは、戦後日本社会とまったく同じことを選択している、ということだ。また、感銘を受けるのが、これに対して、オランダの政治家が大きな代償を払っている、ということだ。財政支出を削減する為に、年金支給ベースの引き下げ、低所得者層の年金保険支払いの減額、時短、労働時間の規制緩和、企業設立法の緩和、雇用促進の強化など次々に、「構造改革」を行っていった。これは、世論の大反発を呼び、与党キリスト教民主同盟は、前回比で1/3の票を失い、労働党も、1/4を失い、キリスト教民主同盟の長期政権は終わりを告げた。しかし、労働党が政権を担ってからも、この合意と構造改革は継続され、オランダの奇跡を実現することになる。
他にも似ている点として、「コンセンサス社会」というのがある。コンセンサス、という言葉とは一見裏腹に、オランダというのは、移民社会であり、カソリック、プロテスタント、自由主義派、社会主義派、など、全く別の社会グループが一つの国家を形成しているそうで、これを「pillar society(柱上社会)」という。よって、社会は分断されているのだが、こうした分断された社会の中で、合意を形成するメカニズムがあり、これがオランダ式のコンセンサス社会だ。政治は、各Pillarの代表者エリート間の合意によって運営されるが、このエリートは、自分の、柱の利害にはもちろんとらわれるが、エリートであるがゆえに、全体を理解し、その中で適切な判断をすることも求められる。言い方を変えると、密室政治だ。一方、社会の隅々に、審議会や、諮問委員会が張り巡らされており、議会と言うのは、ここで上がった内容を承認する、ということが主な役割になり、協議→合意→統合、というプロセスが明確だとのことだ。このあたりも、以前の日本に似ている。日本においても、自民党時代は、各派閥(つまり、政党内政党)の協議によって、直接国民の声を排除した形で、政策が決定され、一方、政治家は、忘れられた人々の利害を代表し、結果的にそれなりに妥当な利益配分を行ってきた。官僚機構も審議会、諮問機関で様々な声を拾い集め、そこで、合意した政策を統合し、政策立案してきたといえる。それゆえに意思決定にひどく時間を要している点は、オランダも日本も同じである。環境対策の姿勢も、興味深い。環境対策は、ヨーロッパは意識が高く、また、オランダは、温暖化すると国が水没してしまうので、熱心なのも当たり前だが、これも法律に頼らず、企業と産業の間の紳士協定、という形で取り組まれている。個人的に、こうした意思決定は、悪くないと思う。アメリカ式の何でもルール万能主義でオープンに行う、というのは、アメリカのような、異民族が一つの社会で暮らす社会では、それしかないのだろうが、結局、決めごとの結果による効果が重要であるのだから、細部に配慮した繊細で柔軟性ある紳士協定による合意の方が機能的であるように思う。玉虫色、とか密室政治、とか悪くいわれるが、オープンな原則主義が必ずしも優れているわけではないし、日本のような、(割り切って言うと)単一民族社会、自然国家では、自由競争による、摩擦を赤裸々にするよりも、こうした合意の方が実際的であるように思う。政治や選挙にしろ、経済競争にしろ、同じである。だから、戦後はまさにそのような意思決定を行っていた。
しかし、とはいえ、このオランダの柱上社会、というのも、だんだんなくなっていき、今ではほとんどないそうだ。一方、コンセンサスの政治についても、現代のように変化の速い社会では、より、短期間で効率的な意思決定が求められるそうだ。
貿易立国、インフラ立国、についても、かつての日本に似ている。オランダは、世界からみれば小国であり、一方、交通の要所に位置しており、伝統的に貿易で成り立ってきた。そう考えると、貿易と輸送業に注力するのは当然のことた。オランダは、ヨーロッパの大動脈ライン川河口の、欧州最大のロッテルダム港を持つほか、アムステルダム近郊のスキポール空港は、世界で最も便利な空港として位置づけられるそうだ。インターネット普及率も欧州有数である。また、人的インフラについても投資しており、具体的に、ほぼすべての国民は英語を話し、ドイツ語、フランス語の習得率も、相当高く、国として何でやっていくのか、ということが明確だ。企業としても、フィリップス、ロイヤルダッチシェル、など、世界的企業もある。これについて、日本も同様だ。日本も、戦後日本においても、国内産業主義と貿易主義があったが、白洲次郎の強力な意思により、貿易主義に舵が切られ、戦後産業の成り立ちから、世界で勝負することを想定して産業政策が立案され、偉大な通商産業省の元、日本は貿易立国として世界に名を馳せることになる。インフラについても、戦後日本は、官民の共通意思として教育に膨大な投資を行い、一方、空襲で焼けた分、港湾と共に、優れた立地条件のもと工場を再建し、田中角栄の元、道路など、交通インフラが整備され、高いインフラ力を誇った。旅をして、また、この本を読みながら、思いを新たにしたのだが、このインフラ力、というのはその国の競争力にとって大変重要で、これは、経済学でいう、「外部効果」というものとしてその国のあらゆる競争力に影響する為、政治がインフラに投資を行うことは大変重要だ。逆に言うと、その国の企業の競争力の強化を言う時、その企業の個別の努力でもちろんなんとかなることもあるが、いかんともしがたいことも多くあり、最近、大学時代の友人で、今国際競争の中にいる友人と話すと一様に言うが、日本の製品/サービスは、高い割に、その価値がなく、明らかに、日本は、インフラ、総合力が弱く、環境的に厳しい。これなら、日本企業が海外脱出を図るのも必然と言える。やはり比較すると韓国は大変優れており、国民、特に若い世代の英語の習熟度も、仁川空港も、釜山港も、大変競争力があり、日本に役割を奪いつつある。(JALの苦境の間接的な原因はここにある。)また、ITの発展でも世界有数だ。
さて、オランダと日本で似ていることを述べてきたが、一方違うこともある。
・社会悪は、根絶せずに制御する、という考え方
・NGOは政府のパートナー
・パートタイム労働
基本的に、人に「倫理」を強制するのをやめ、自由に、人の自然なニーズは本能に対して、機能的な政策をとっている、というところは、日本と大きく違う。パートタイム労働については、すでに書いた。社会悪は、根絶説に制御(コントロール)する、というのは、興味深い考えだ。代表的なのは、かの有名な、マリファナと売春の合法化だ。これらを合法化する考えとしては、社会悪、というのは根絶しようとしてもなくなるものでもないのだから、むしろそれを制御して、社会悪を最小化しよう、という考えだ。マリファナについては、やっている人は、犯罪人というより病人であり、実際本人もやめたい人が多いそうだ。これを犯罪人として扱うと、刑務所に入るたびにまた、同じ人種と遭遇することになり、また、中毒性もあるものなので、やめることに対して効果はなく、むしろ、病人として治療した方が、妥当とのことで、実際に効果をあげているとのこと。売春についても、禁止してもどうせ違法に行われ、地下経済を発展させるのだから、むしろ合法化して、税金を納めさせ、また、適切な法律の下にコントロールする、というのがより社会悪を最小化するのに望ましい、という考えだ。この考えは面白いと思うが、個人的理解では、日本人は、この種の社会悪から世界で最も無縁な民族のひとつで、多分理性が発達しすぎていて、動物としての本能が弱い民族なのではないかと思う。こうしたことより、動物としての本能が弱すぎる、ということの方がもしかしたら問題なのかもしれない。
NGOは、政府のパートナー、ということについて、これは、民主党政権がいっていることの元ネタだろう。これを、特に鳩山あたりがいっているとバカっぽく聞こえるが、実際、日本という国のよくないところは、特に最近のご時世、「お客様意識」というのがあると思う。金銭のやり取りの方向性から、人と人との関係を、「サービス提供者」、「お客様」という位置づけで定義し、「サービス提供者」は、完全な奴隷で、「お客様」は神様、と意識する。ここに、「協働」という発想はない。これは、日本社会の非常によくないところだと思う。この辺は、海外に行くと明らかに違っており、バーでビールを飲んでいても、店員は、顧客である自分に対して、へつらうような態度はとらず、時折ぶっきらぼうで、日本慣れしている自分からみると無礼にも感じるのだが、店員自体も、顧客とは、対等だと思っているし、結構サービスを提供すること自体楽しんでいる。他にも、自分の会社の製品の発想も同じで、わが社は、ソフトウェア屋だが、かれらの発想だと、とりあえず、80%で製品を出して、残りは、顧客と一緒に改善して行こう、という感じで、「創造物主義」であるが、一方日本の顧客は「完成品主義」で、完成していないと、それは企業側に一方的に責任を求める。(ま、正しいのだが)。ただ、こういうのは、正直健全な社会と言えず、どこか無責任という気がしないでもない。国民は、自分はお客様で、政治家は、サービスを一方的に提供するのが当たり前、という発想や、教師は、自分の子供に奉仕して当たり前、とか、企業は、顧客に一方的に奉仕して当たり前、とか、道徳的な問題の他、機能的にみても、望ましくなく、一方的に、政治や、教師、企業など、叩きやすいものを叩くだけ、というのは、決して健全な社会とは言えないと思う。で、さて、NGOだが、これについては、政府にサービスばかり求め、一方、政府は、国民の要望のままひたすらサービス提供に努力する、という発想は、今まさにそうなっているが、この結末は、無限に財政を使ってサービスを提供し続け、一方、税金があげられないので、借金だけ増やす、という形になり、かつ、これで賄いきれない人々は放置される。ただ、実は、こうした公共サービスの提供は、100%政治がやることは機能的ではなく、意思のあるNGOが担う方が機能的な事がある。これに対して、政府は、媒介として、やや仲介し、補助金を付けてあげればそれだけでそれなりに機能的になりうるし、何より、住民が自分の生活を自分の手で改善していく、という意識が生まれ、サービスの質、経費の観点でも非常によいと思われる。確かに、こうしたNGOは日本でもっと盛んになってもよろしかろうと思う。よって、NGOの活用は、お客様意識ではなく、自治、自ら自らを支える意識、という観点から、日本にとって非常によいと思う。一方、ただ、これは、日本人の意識の変革だから、結構時間がかかることで、コツコツ取り組まねばならないと思う。
人間的な、本能に沿って、柔軟に、自由に、自発的に、という方向性は、日本社会と大きく違う点だと思う。
さて、日本は今後どうしていくべきか。どのような国民的合意で社会契約が更新されるべきか。
分析まで合っているが、提言が間違っている、ということは少なくはないが、とりあえず書いてみる。
まず、ゴールとしては、個人が自由に安心して暮らせる社会、ということで、総意として多分間違いないんじゃないかと思う。その為には、オランダに習い、柔軟な働き方と時短、モビリティ、NGOの推進、などはやるべきだと思う。教育については、よりなぜ生きるか、人として何を大切にすべきか、といったた哲学のほか、責任、主体性、自ら考え、判断する、といった人材を育成していくことが必要になると思う。つまり、教育の方針は大きく変わるべきだと思う。
一方では、ニッコロ・マキャベリは、「国家がその力を回復するには、その建国時の思想を思い起こす必要がある」というようなことを言っていたが、オランダを参考にすると、かつての焼け野原から経済的繁栄を勝ち取った方法を再び思いだすことが何より重要なことではないか、と再発見する。コンセンサス社会の再構築、大連立と、政党内政党復活、政治、労働組合、経済界の合意と長期的投資、そして、21世紀に世界で戦うためのインフラの再構築、特に英語教育ではないかと思う。
ただ、旅をしていてもう一つ頭に浮かんだことがある。オランダのような合意社会というのは、人口が1600万人の規模だからこそ可能なのであり、人口が1億2000万人もいる、日本社会では、これはとても無理ではないかと思ってしまう。1億2000万人が結束できる、というのが、実は戦後の日本経済の成功の大きな理由であると思うが、これは日本社会の特徴もあるが、一方、国が貧しかったから、ということもあり、現代のような、それなりに豊かな社会で、1億2000万人を結束させる、ということは無理ではないかと思うし、また、1億2000万人の社会契約を更新させるということも途方もない事であるように思う。実際的には、やはり僕は道州制支持者で、ある程度身動きの取れるグループに日本を分割し、合意と意思決定、実行を迅速化させることが必要ではないかと思う。
ただ、日本のことを考えると、やっぱりちょっと暗い気持ちになる。旅の間に、ブッシュ大統領の『決断のとき』を読んだ。本の最後に、「後の時代に、我らの世代の課題を認識していた大統領とみなされることを願っているとあったが、「我らの世代の課題」という言葉が印象に残った。今日本が停滞しているのは、1980年代、1990年代に時代を担っていた人間が、未来への責務を怠っていたためだと思う。今、もしすぐに気付いて「我らの世代の課題」について対応開始したとしても、その成果がでるのは、10年後かもしれず、日本の回復はまだ少し先になると思う。一方で、今あるいは、今後20年に、自分は社会の前線に立っている世代に当たる。その時に、後の世代から「彼らは時代の課題を直視することを怠った」とは、言われないようにしたいと思う。
今回は、オランダのことを書いたが、EUのこともちょっと書きたいことがあった。これについては、気が向いたら書きます。