こんにちは
レビー記録は過去のことを書いています。
レビー小体型認知症になった母
明らかな違和感を感じ始めたのが2015年頃、認知症の貼り薬を始めたのが2017年夏、介護認定がおりたのが2019年、そして2023年に他界しております。
2022年の後半は今から思うとゆっくり終わりに向かっていっていたと思います。
2022年は私自身がいっぱいいっぱいの年で、正直あまり母の事を考える余裕がありませんでした。
息子のことで手一杯で緊張の糸がピンと張っていたもう戻りたくない年です…
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暑さが少しマシになってきた頃、久し振りに両親のところへ行きました。
母の状態はかなりすすんだように見えました。
椅子に座っていられる時間が短くなり、発語も怪しい…しっかり会話ができていないような気がしました。
久し振りに見たから余計かもしれません。
もう前みたいに動きたいからと
「お父さん!」
と大きな声で呼ぶことはありません。
か細い声に誰かが反応して
「呼んだ?」
とベッドへ見に行くようになっていました。
何より驚いたのが首の筋力?頭を持ち上げて支える筋力が無くなっていっていることでした。
できるだけみんなと一緒に集まり椅子に座って輪に入って話がしたい
その気持ちはあるんです。
移動も手伝ってもらって椅子に座らせてもらって、でも少ししたら首がガクンと下を向いていました。
苦しくないのかな?と思うくらいに…
父も姉も何も気にせず話していたので毎日こんなかんじでゆっくりすすんでいったんだと思います。
少し前まで椅子に座って一緒にお茶を飲んでいたのに、久々にきたらガクンと下を向いていて、自力で顔を上げられないようになっていて…私一人で静かにショックを受けていました。泣いてはいけないと、気持ちを落ち着かせていました。
完璧に頭が下を向いてるので、呼吸はできても物を飲み込むのは難しいよね?と思いました。
食事はどうしているかというと…
食べたいという分だけ口に入れてあげる
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しばらく噛む
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顔を元の位置に持ち上げてあげて自分で飲み込む
というかんじで食べているようでした。
飲み物はストローを使って飲んでいました。
最後まで自分で飲み込んで食べる方がきっと幸せなのかな、と思いますが、なんとも複雑な気分でした…
施設や病院だと、ここから胃瘻だったり点滴三昧になるんだと思いますが、父は自然に任せる事を決めていました。
無理に食べさせれば誤嚥性肺炎を起こすだろうし、発熱して肺炎になって入院になれば、確実に点滴で生きることになります。
私も祖母を見ていて
生きているのか生かされているのか?
と高齢者の延命行為には疑問を持っていて
「おばあちゃんはあの状態で命だけ続いてて幸せだったのかな?私だったら嫌…」
と考えてしまう人間でしたし、母も同じような事を言っていました。
祖母は祖父のために生きた(生かされた)んだと言っていました。
これまでも食欲や動きが鈍くなってもここまでひどくなかったので、やはり症状がすすんでいたんだと思います。
皆さんどうぞご自愛ください。