名もなく貧しく美しく(ネタバレ) | 映画でもどうどす?

映画でもどうどす?

映画と読書の感想を気が向いたら書いてます。
どちらも、ホラーとミステリが多め。
ホラーなら悪魔よりゾンビや怨霊。
ミステリならイヤミス。

  ■あらすじ

 

 

●秋子…聾唖者、少し発声できる

●道夫…聾唖者、善人

●一郎…秋子と道夫の息子、コーダ

●たま…秋子の母

 

戦争末期。

寺の嫁になっていた秋子は空襲で一人の男の子を助ける。

耳が聴こえなくとも必死で嫁としての務めを果たす秋子だが、

助けた男の子・アキラは秋子とその夫が買い出しに行ってる間にどっかにやられてしまう。

しかも夫は発疹チフスでシボンヌ。

 

 

嫁ぎ先の家族は秋子を持て余し実家に追い返してしまった。

 

 

実家には、姉の信子と弟の弘一がいるが、姉はアメリカ兵とイチャコラだし弟はろくでもない連中とつるんでるし。

そのうち姉は家出。

 

 

そんな時、秋子はひとりの聾唖者道夫と知り合う。

道夫からプロポーズされるのに、出戻りの秋子は「一回失敗してるから」としり込み。

ああ、この時代の価値観よ!

 

 

それでも、道夫と秋子は結婚。

貧しいながらもお互いに慈しんで平和に暮らしていた。

 

 

そのうち秋子が妊娠する。

喜んで母のたまに報告に行くが、たまからは、

「普通の人でも子供を生んで育てるなんてどんなに大変か!

それを耳の聴こえない二人で産むとか育てるとか、

絶対反対ですからねっ」

と言われてしまった。

当時は福祉とか無いからね。

 

 

それでも秋子が子供を産むと、たまは心の底から喜んでくれる。

 

 

だが幸せは続かない。

ある夜強盗が家に侵入。

その時赤子が起きてしまい玄関の上がり框から転落してしまう。

秋子たちは熟睡して赤子の泣き声に気付かず、赤子はシボンヌ。

 

 

哀しみにくれる秋子たち。

 

 

それでも秋子は二人目を妊娠し出産。

一郎と名付けたその子はすくすく大きくなっていく。

ちょうどそのころ、弘一のせいで住むところをなくしてしまった母が同居を始め、育児に協力してくれることに。

たまは秋子のためにミシンを買い、

秋子は縫物の内職を始めるのだった。

 

 

それでも一家は貧しい。

 

 

一郎は小学校に上がるころには、耳の聴こえない両親を小ばかにするような態度を取り始める。

周囲の子たちともうまくいかない。

 

 

自分たちが聾唖だから一郎がバカにされているのだと秋子は悩むが、同時に一郎の粗野な言動も悩みの種に。

 

 

刑務所から出所してもまともな仕事にもつかなかった弘一のボケ野郎は、

金欲しさに秋子のミシンすら奪い取っていく。

 

 

実の弟のあまりの仕打ちに。

道夫に対する申し訳なさに。

秋子は弘一を殺して自殺しようと置手紙を残し家を出る。

 

 

道夫は手紙を読み駅にひた走る。

秋子の乗った電車に乗り込むが同じ車両には乗れなかった。

列車の窓越しに手話で会話する秋子と道夫。

何と美しく切ないシーンであろうか。

愛じゃないならこれは何?

 

 

たまの「生きてりゃ何とかなる」と言う励ましもあり、家族はまたゆっくりと日常を取り戻していくのだった。

 

 

一郎は高学年になり、両親への想いも変わっていく。

感謝と尊敬。

秋子の縫物の内職の手間賃が安い!と雇い主に交渉に行ったり、

世知に長けた男の子に育っていた。

 

 

家は相変わらず裕福ではないし、秋子の眼に病気があることも発覚したが、それでも親子が何とか暮らしていけるようにはなっていた。

 

 

ある日秋子の家に一人の青年がやってくる。

彼こそが空襲の時に助け、その後大人によってどこかに追いやられたアキラその人であった。

立派に成長したアキラをみて、たまは出かけている秋子を呼びに行く。

 

 

秋子はアキラに会いたい一心で必死に家に走って帰る。

不幸はひそやかに忍び寄る。

しあわせの後ろに隠れて忍び寄る。

 

 

道を横断した秋子。

耳の聞こえない秋子は、トラックの接近に気付かず、そのままトラックに巻き込まれてしまう。

 

 

割れた下駄。

引きずられた血の跡。

 

 

秋子はアキラに会うこともなく逝ってしまった。

 

 

名もなく、貧しく、そして美しく生きた秋子は、あっさりと天に召されてしまった。

道夫と一郎は、秋子亡き後もしっかり生きて行くことを予感させつつ。

 

 

一郎の書いた作文がラストで流れる。

父と母を尊敬し、大好きだと書かれたその作文に、

父と母の耳が聴こえたらもっと良かったと思うという正直な心情が吐露されていた。

 

 

この一言で、

清らかでうつくしい心を持った夫婦の夢物語が、

現実世界におろされるのだ。

 

 

一郎と道夫の将来に幸多からんことを願って…。

 

 

■おしまい 

 

 

 

  ■感想

 

 

出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B00R4LP6FC

 

 

アキラが来るタイミングを間違えなきゃよかったんちゃうん?

アキラは加山雄三です。

ロクなことしやがらねぇな。

 

 

1961年公開。

戦中戦後の混乱期を経て、少し落ち着いてきた頃に公開された映画。

 

 

この時代の「貧しい」は、生死にかかわるくらいの貧しさ。

衣食住、すべてが足りない終戦直後。
生きるだけで精一杯。
そこからようやく持ち直してきた頃までを丁寧に描いてます。
(それでも秋子たちの家は貧しいのだけれど)
 
 
今なんかより福祉も、人の差別意識も比べ物にならないくらい厳しかった時代。
「ツ●●」と陰で言われながらも、秋子たちに対して嫌がらせのようなものが少ないのは、秋子と道夫の人柄のおかげもあったのだと思います。
 
 
おねえちゃんは中国人の愛人になり、
弟は犯罪者。
そりゃママ上たまちゃんも秋子に肩入れしますわな。
でもお姉ちゃんの家に行ったシーンはちょっと切なかったですえーん
おねえちゃんも悪い人ではないのよ、
女一人生きて行くためには、
仕方ない部分もあったのよ。
 
 
モノクロで描かれる昭和。
マダムにとって昭和は、バブルの時代ではなくこっちなのです。
昭和ノスタルジー、いやいや、昭和なんて町も汚いし臭いし、良くまぁ破傷風にもならずに生き延びられたなと感心するくらい不衛生でした。
 
 
しかも、毎度この時代の映画を見るたびに、
「冬、寒いやん!」
って思うわけですよ。
隙間風ぴゅうぴゅう。
ヒートテックも無ければエアコンもない。
暖房器具、火鉢。
しかも、はだしに下駄。
 
 
下駄でダッシュ。
ゲダッシュ。
ゲダッシュで軽トラ(オート三輪?)を追いかける。
良く走れるなぁと感心。

 

 

魚を買ってもそのまま、袋にも入れず手でぶら下げて持って帰る訳っすよ。

大根やらの野菜ならわかるけど、生魚そのまま…。

新聞紙とかに包んだりも無し。

カルチャーショック。

 

 

エコエコ言うとる人は、魚買うときそのまま手で持って帰ればいいと思います。

わしゃイヤやけどな。

 

 

それはさておき。

とにかく美しい映画。

道夫の信じられないような人の好さと、

秋子の信じられないような純粋さ。

 

 

ふたりの紡ぎ出す暮らしは、ある種のファンタジーのようでもあります。

それゆえ、ラストのあまりのあまりさに愕然としちゃうわけですよ。

 

 

監督の松山善三さんは、秋子役の高峰秀子さんの旦那様。

高峰秀子さんのかわいらしさを余すところなく映し出してはります。

 

 

この映画のテーマは。

列車の手話シーン、

必見!

上矢印

これ!

 

 

この時代の医療は無茶苦茶あかんくて、

今なら治るような病気でも命が無くなるし、

命はとりとめても障害が残ったりするし。

今の医療を受けられるマダムたちは幸せやなーとつくづく思います。

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