うちのクリニックは

基本2週に1回の訪問

正確には

月2回の訪問診療となるのだが

 

癌末期など

2週間では

全身状態管理ができない患者さんに対しては

頻回訪問と言って

週1回の訪問を実施する

 

色んな患者さんがいる中

入居時は

独居が難しくなった

明るいじいさんだったのだが

肺炎で入院した際に

たまたま肺癌が見つかって…

 

本人も

家族も

治療を希望せず

施設へと退院されてきたのが半年ほど前だった

 

肺癌の部位自体は

それほど呼吸状態に悪影響が出ない部位で

呼吸状態も

酸素化能も

ほとんど悪化せずに過ごしていた

 

ただ

少しずつ

癌の進行が見え隠れするようになり

日中も寝て過ごすことが多くなったのが

3月に入ってからだった

 

ステロイドの内服で

全身倦怠感の改善を図ったが

顕著にmoonfaceの症状が出た

まぁ本人は

「先生がやってくれるんやから信じて任せるだけやわ」

そう言って

顔が真ん丸になろうと

いつも笑顔でいてくれた

 

その頃から頻回訪問するようになって

ちょっとくらいしんどくても

「おぉ先生か!

診察に来てくれるの、楽しみに待っとったんや

何って事はないんやけどな

診察に来てくれるだけで

安心するし

元気貰うねん!」

そんな

特に治療も何もしてないのに

会う事を楽しみにしてくれていたじいさんだった

 

それが変わったのが

先週の土曜日だった

毎週土曜日が診察の日だったのだが

その診察の日の夕方から

突然の呼吸苦とともに

38度台の熱が出た

 

「癌性リンパ管症」

 

すぐに脳裏をよぎった

癌が末期になり

リンパの流れに乗って

呼吸状態が急激に悪化したり

熱が出たりする病態を言うのだが

 

その日

なぜかふと嫌な予感がして

その診察の時に

HOTの設置と

経口麻薬の処方を

お守り代わりと称して

指示、処方しておいたのだった

何かの直感的な知らせがあったのかもしれないと

今となっては思う

 

酸素投与1リットルで

SpO2は95%程度で

それほど死に直結という事はなかったし

痛みもないため

麻薬を使用するほどでもなく

月曜日を迎えた

 

俺は

急いで往診へと向かった

 

「あぁ、先生…

なんか急にしんどなってな

酸素してたら大丈夫やねんけど

食欲ないし

俺ももうあかんのかな?」

 

そんな事をボソッとつぶやいたため

「はぁ?

何言うてんねん

癌になったら色んなことあるけど

これもその通過点のひとつにすぎん

またすぐに良くなるから

気持ちで負けんなよ!」

そう返事すると

「先生がそう言うんやったら

たぶんそうなんやろな

わかった、まかせるわ」

 

俺は部屋を出ると

とりあえず食事ができていない事から

不要な内服は全て中止し

ステロイドの増量と共に

胃を荒らさないよう胃薬だけに内服を調整し

娘さんへすぐに連絡を取り

急変する可能性を告げた

 

娘さんに関しては

以前より連絡はしてあったので

もうお任せしますと返答があった程度だった

 

そして

木曜日の夕方

軽度の呼吸苦があるとの報告があったため

前もって処方しておいた

「オプソ(麻薬)」を

呼吸苦が強ければ内服しても良いと指示だけした

そう…この時

診察に出向いていれば良かったのだが…

 

金曜日

俺は休みの朝だったが

夜勤の報告を読んで震えた

 

「AM2時過ぎに訪室したところ呼吸停止で発見」

 

じいさん

旅立ちやがった

夜中というだけではなく

俺がどうやっても駆けつけられない金曜日を選びやがった

 

俺が看取ってやるって約束したのに

俺がここまで気にしてきた患者さんなのに

このタイミングで旅立った

穏やかな顔をしていた、との事

 

土曜日

別件でその施設へ行き

じいさんの様子を改めて施設に問うと

最後に確認したのが

日付が変わる前だったようだが

笑顔でヘルパーに声をかけていたらしい

じゃぁ、苦しまずにスーッと息を引き取ったんだな

俺に…なんで看取らせてくれんかったんや?じいさんよ

 

部屋に入らせてもらうと

ベッドと設置されたままのHOTがあったが

身の回りの家具は

すでに娘さんが持ち帰ってしまったとの事だった

俺はマットレスだけになったベッドのそばで

涙が溢れた

 

じいさんごめんな

 

診察が

楽しいと思えた患者さんだった

じいさんに元気をあげられたかもしれないが

俺もじいさんから元気をもらっていたと思う

また一人

俺の心の中で生きていく人が増えたようだ