4月初旬

施設に一人のじいさんが入居してきた

 

前立腺癌の末期

発見時にはもう手の施しようがなく

抗癌剤治療もせず

余生を施設で過ごすだけになっていた

 

初めての診察

お会いしてお話しすると

すごく突っかかってくる感じ

「お前らに何ができる?

治療もできないくせに

場所が変わってもわしは何も変わらんやろが!」

あぁ、かなりひねくれてるな

それが第一印象だった

 

部屋から出て

施設スタッフに真っ先に言ったのは

「薬で精神的に落とそうか?」だった

でもまぁ

まだどんな人かわからないのに

薬使うのはやっぱり良くない

まずはどんな人柄か見てからにしよう

そうして1週間が経った

 

じいさんを訪ねると

あまり雰囲気は変わっていない

「何しに来たんじゃ!」

ここまできたら、開き直って付き合ってやろうじゃないか!

「お父さんの体調管理任されたからこうやって顔見に来たんやんか

そんなツンツンすんなって!

どっか調子悪いとこあったら何とかするって言うたやんか!」

そう言って背中をさすると

「おぉ、そうやったんか。すまんな」

あれ?

なんか変わったぞ

そっか

このじいさん、語気が強めなだけで

何とかなるんじゃない?

そう思えた瞬間だった

 

顔が怒っていて

語気が強いからつい距離を置きたくなるけど

案外無理くり心の隙間に突っ込めば

心を許してくれるんじゃないか?

そう確信して

施設に行く度に、用もないのに顔を出した

すると

みるみる信頼関係を築く事ができ

俺の顔を見ると元気になるとまで言ってくれた

 

経過途中

それまでキーパーソンは友人であったが

息子さんや孫さんがいる事が判明した

しかし電話すると

親子関係は破綻しており

葬式を上げるつもりもないと言い切られてしまった

人には色々過去があるからね

この人柄が要因の一つかもしれないが…

 

徐々に衰弱して

全身性にやせ細っていくじいさん

週末顔を覗いた時には

半分くらいの顔のサイズに見えた

骨と皮だけとはまさにこのこと

しかし本人は意識がはっきりしていて

「俺、このまま逝くんかな?」と

「そんなことないから心配すんな!」

それが精いっぱいの返答だった

 

7月7日

23時過ぎに旅立った

もう半日頑張ってくれていたら

俺が看取ってやれたのに

じいさん、あかんやろ…

でも、良くここまで頑張ってくれた

また一人、俺の大好きだった人が逝った

人生の、ほんの最後の一瞬しか関わってないけれど

このじいさんに出会えて嬉しかった

また医者としてのレベルがひとつ

上がったかなぁ