ダーリンがインターネットゲームをやっているのを隣で聞いていると





Oh my go* ! !





Son of a *** ! !


(***のバリエーションがいっぱいあって驚きました)





F**k ! !





等・・・


ちたない英語は枚挙にいとまがないですww





まるで


アメリカ人と一緒にいるみたいです。


(アメリカ人だよっ!!ww)


(↑↑時々忘れるwww)









なんかね。





英語って私たちが外国語として学んだ言葉じゃないですか。





でもこれがいざ生活となると


最初に外国語を訳した人って


ホントーにすごいなって思います。





絶対言えることは





相手を理解したい





という


愛のスタンスがないと難しいよな、ってこと。








私たちは普段の生活では


ほとんど英語に触れる機会がないので





いざ英語を使うシーンになると





どっか恥ずかしい





とか





まるで演技でもしているみたい





な気分になるところがあるけれど





でもそんなことを言っていたら


絶対に相手にはあなたの真意が伝わらないんです。





だから今度あなたが英語を話さなきゃいけないシーンがあったらぜひ





相手はあなたの片言英語でも


そこに心からの安らぎを感じる


(相手が日本語を良く知らない場合はなおさら)





ということを


忘れないでほしいです。








だってあなただって外国行って


たとえ挨拶程度でも日本語を知ってる現地人がいたら


途端に気持ちがゆっくりしませんか?





それと一緒ですよねニコニコ








さて


いつも思うのですが、





夢にはどうも浄化作用的なところがあるみたいで





夢になった途端に


すごい感情的な夢をみることがありませんか?





私は今朝も


階下にいた家族を起こしてしまうほど叫んでいたみたいで(汗)


(夢の内容もしっかりと覚えている)





どんだけ未完了の感情を私は抱えていたんだろう?って


自分でびっくりです。








人は日中に抑え込んでいる人間的な感情を


日中は発散できない分、


夜、夢で発散しているんだ、というのを


どこかで読んだことがあります。





私は夢も心理的研究テーマの一つにしているのですが


それを読んでから本当にそうだな~と感じるようになりました。








私たち人は、自身が思っている以上に


とてもとても感情的な存在だと思います。





だけど、





心理学でも習いますが





いつか私たちはとても小さいうちから


それらを100%表現することは


いろんな意味で得策ではない


(人として生活していく上で)


ということを学んで、


感情をダイレクトに表現することを


いつの間にかしなくなっていきます。






そんな体験を積み重ねていくうちに


どんどん感情は抑えられていき、





そして大人になった私たちは常に


それが普通になっているんだなって


(感情を押さえながら生きること)





今朝の叫ぶほどのすごい感情的な夢を見て感じました。








だってね。


思いましたもん。夢みながら。





こんなすさまじい感情を


日中の生活で味わっていたら


日常生活ままならないよ・・・って・・・。





でも私たちは本当は


それくらい感情的な部分を本来


もっている生き物なんだなって。








でもなんかね。


そんな自分を


感情を抑えながら生きている自分を





なんてダメなんだ





とは全く思わなくて





それでも必死に生きている自分自身が


とても愛おしい存在に思えてきました。





そしてそれと同時に





そうやって人間は自分の抑えきれないほどのボリュームの感情を


なんとかしながら


この世に適合しながら


必死に生きてるんだって思ったら





人間って、


生きてる人はすべて


なんて愛おしい存在なんだって。





そんな風に感じたのでした。








みんなみんな、


一生懸命生きてるんだ、って気がつけたら


たとえどんな人だって


愛情の対象でしかありません。





みんな本当にすごいねニコニコ





生きててくれてありがとうラブラブ





生きてるだけで本当にすごい。








マッキーラブラブドキドキ