とことんずぶずぶ落ちたほうがよい。


なんだか独り取り残されてしまったような気持ちが拭えない。

みんな幸せそうだ。

妬むとか僻むとか、そういう単純な気持ちではなく、ただ孤独を感じる。

楽しそうな話を聞いても、自分だけ違う世界にいるようだ。

まとわり付く靄のようなものが取れない。

気持ちが悪い。


歯車がうまくかみ合い、スムーズに回りだすのはいつの日か。

心から笑えるのはいつの日か。


無言で白飯3杯食べて、腹は膨れてもちっとも満足できなくて。


美しくなりたいとか、知的になりたいとか、優しくなりたいとか、こうありたいと思うことは多いけど、きっと私の根底には歪んだものがあってどうしても拭えなくて、俗すぎて、いい人たちを見ると何に対してかわからないが腹立たしくイライラする。


自分は決してなれないから。


どうしてこんな黒い歪んだものを抱えているの?

白く澄んだ人間になりたいのに。

どうしたらどろどろなものを消すことができるのだろう。


私はなれない、あなたたちのように。

私は独り。

取り繕って見栄張って精一杯塗り固めて生きていく。

これが私。

私のことを心底理解してくれる人なんて、いない。


でも、私もきっと誰のことも理解してないんだから同じこと。


生まれるときも、死ぬときも、人間は独り。

そう考えれば、楽。



とことん、利己的になろう。

とことん、自己愛を高めよう。

私だけでも私を愛そう。

落ちた。

ある瞬間にスッと目が覚めた。

妄想し続けてみたが、実感にはほど遠く。

昔の思い出は美化されすぎるのが欠点だ。

きっともっとたいしたことなかっただろうに。


もし、選択していたとして、その後はどうなっただろうかといろいろ想像してみた。

うまく想像できなかった。


どんな感触だろうとかどんな気持ちになるだろうとか、とにかく未知なものがすごく貴く思え、かつての座右の銘である『やらずの後悔より、やって後悔』が頭をぐるぐる回っていた。


でも、選択しなくてよかったわ。


仕事モードに切り替えたらずっと悩んでいたことがばかばかしくなり、そんな惚けている暇はねえと必死に仕事をこなした。仕事があってよかった。

そういえば、昔延々悶々としていたとき、ひまだったことを思い出した。

ひまだとやっぱろくなことを考えない。


久しぶりの刺激はさぼっていた女の部分を呼び起こした。

やっぱり潤いは大切だ。

だからあの夜のことをちょいちょい思い返してはひとり妄想に耽ってみよう。


脳内は、誰にも邪魔されない。

何をしても、何をいっても、自由だ。




好きだったのよあなた 胸の奥でずっと

もうすぐわたしきっと あなたを振り向かせる




あのひとは今頃なにを思っているだろうか。

翌朝、すっかり忘れてしまっただろうか。

それとも、少しは思い返してくれているだろうか。

あのひとの心にちょっとだけでも引っかかっていられたら、嬉しい。

忘れられることがいちばん悲しい。

ずっと昔、大好きだった人。

熱いところと細身でしゃきしゃきしたところとちょっと高めの声が好きだったか。

よくかわいがってもらったが、恋愛対象と見てはくれなかった。

いつまでもかわいい妹、かわいい部下でしかなかった。

業界を辞めて以来、思い出すことはほぼなかったし、その間やまほど恋をしてもう過去の人だったのに。

なぜ、今になってこんな風に出会う?9月出産予定の妻と幸せに暮らしときなよ。

優しい目をして囁くんじゃないよ。


酔った勢い、そして昔自分に思いを寄せていたという都合のよさ、そんなこんなひっくるめてってところだろう。

男と女は違う生き物。誠意とか信頼とかそういう次元じゃなく、男は浮気をする、広く種をまきたがる生き物だ、本能だ。でも心から思っていれば、きっとそんな適当なことはしまい。軽く見られている証拠。


そんなもろもろわかっているがわかっているのに、胸が逸るのを感じ、迷いに迷う。

腕を回され顔寄せられ唇寸前まできて、引いた。なぜか身を引いた。アホか自分。

二年前の自分なら迷わずいっていたのに。なんの義理立てだ。言わなきゃいいだけだ。わかんないって。

でも、怖い。自分のしたことがいつか自分に返ってくると思うと怖い。人のものに手を出して、いいわけない。そんな基本的なこともわからなかったわかろうとしなかった昔。


好きでした。とても好きでした。

あの頃の自分だったら大喜びで受け入れたはず。

でも今はだめだ。純粋に裏切りたくないという思いだけでなく、因果応報に怯えるからだ。結局自分がかわいいのだ。しばらくこの夜のことは脳裏をよぎる。選択は正しかったのか。本当は、迫るように仕向けたのは私。期待はもっていた。きっと何かしてくるだろうと思っていた。振り向いてくれなかった人をなびかせたかった。女として見られたかった。たとえ素面じゃなかったとしても。


自分が素面でよかった。理性を保てた。

しかしこんな風に迷い悩み続けていること自体、気持ちの揺れ動き自体、浮気と呼べるな。

やっぱり、kissくらいはしてもよかったかと今は思う。明日の朝はわからないが。

もっと強引に来られたら、その力には抗えなかったという理由を掲げて唇くらいは受け入れてたはず。




    みちのくのしのふもちすり たれゆゑに  みたれそめにしわれならなくに



    あひみての のちのこころにくらふれは  むかしはものをおもはさりけり