「嘆きつつ 明石の浦に 朝霧の 立つやと人を 思いやるかな」。    源氏物語で有名な明石市(兵庫県)は海峡の町。目の前に大阪湾をふさぐように淡路島が寝そべっている。



▼明石市内の薬師院に早咲きのボタンが見頃になる頃、真鯛が産卵のため外海から戻ってくる。30センチほどの大きさになった鯛は卵を産む時、ピンク色に変わる。桜鯛と呼ばれる。最近は網で取る方が多くなってきたが、一本釣りもまだ残っている。淡路島の漁師は1人乗りの船に乗っていて、1日何尾か釣れれば、神戸や大阪の高級料亭に売って、それだけで生計が立てられると言う。 






▼JR明石駅から5分も歩くと、魚の棚市場から威勢の良い声が響いてくる。15店近くある魚屋さんの店先は正午過ぎから活気づく。昼網と言って、早朝、漁に出た船が戻り、取れたばかりの魚がいけすにはねる。



▼「最近はスーパーに行ってもおいしい魚が手に入らないので、近くの奥さん連中はもちろん神戸や大阪、遠くは京都、姫路などからもお客さんがやってきてくれます」。 一時は、大型スーパーに押されて顔色の冴えなかった店主たちも「新鮮さと安さでは日本一の市場ですよ」と胸を張る。 




▼鯛も養殖物や輸入物が幅をきかせているが、その味の違いをはっきりしている。浜焼きの輸入物は、箸でつまむと身が崩れる。真鯛は「シコシコとしわい感じ」と言う。なぜ明石産がうまいか。潮が早いからプランクトンがよく繁殖する。鯛の餌になるエビも多い。栄養が良くて、渦潮にもまれて、身が締まるからと言う簡単な理由だ。







▼明石と言えばタコ。タコ焼きの元は市内のべっ甲細工職人からと言う説が有力。接着剤に使ったのが卵の白身、 大量に出る卵黄を持て余し、副業に卵焼き屋を始め、その中にタコを入れたのが大当たり。ひょうたんから駒の新商売が日本中に広まった。


   岩田 誠 


    (日経MJ  流通新聞1面コラム )