男を翻弄する悪女、いや聖女? 作家 有吉佐和子は、紀州を舞台にした年代記『紀ノ川』『有田川』『日高川』の三部作、『華岡青洲の妻』など多彩な作品群で知られています。でも『悪女について』を読んだ人はそれほど多くないのでは。





新潮文庫には、

《自殺か、他殺か、虚飾の女王、謎の死》――醜聞(スキャンダル)にまみれて謎の死を遂げた美貌の女実業家富小路公子。彼女に関わった27人の男女へのインタビューで浮び上がってきたのは、騙(だま)された男たちにもそれと気付かれぬ、恐ろしくも奇想天外な女の悪の愉しみ方だったーー。 

というキャッチコピーにひかれて読み始めました。


最近の大手出版社のネット上のサイトの充実ぶりには驚かされます。


細かい筋書きは、読んでもらうとして、印象に残ったのはオトコが平凡で、強烈な個性を感じさせる相手役ががいなかったことでしょうか。 


もう一つは悪女と聖女を併せ持つのが母親。そこにひかれる子供っぽさの抜けきれぬ男たち。


   だから男社会を逆手にとり、しかも女の魅力を完璧に発揮して男たちを翻弄(ほんろう)しながら生きられたわけでしょう。面白いが、ちょっと長いかなと言う読後感も持ちました。 







郷土の誇りでもある有吉さん、53歳の若さで亡くなっていますが、調べてみると色んな興味深いことがわかってきました。 


  中国との縁が深く、国交回復前からも訪れ、天主教(中国におけるカトリックを指す)調査のため半年滞在して『有吉佐和子の中国レポート』を執筆しています。


まだまだ読んでない小説が多くあります。    次は『芝桜』『開幕ベルは華やかに』に挑戦したいと思っています。




 (みなかみ和歌子)  
わかやま新報女性面掲載



  入場券とティケット十枚

を買って入ると、赤と緑の

ミラーボールの下で、けた

たましい曲にのって十数組

の男と女が狂ったようにジ

ルバを踊っていた」(植草圭

之助「わが青春の黒沢明」)


    





 




 



   京都・法然院での現代風俗研 

究会の例会をのぞいた。「ダン 

ス・ホールの百年」がテーマ。  

鹿鳴館から戦後までの変遷を 

たどる若い社会学者の分析は 

なかなか面白かった。


   ダンスホールは  無頼な青春を

おくるアプレ・ゲールのたまり

場になっていく。






   「酔いどれ天使」(黒沢明監督)は、

どす黒く濁ったドロ沼と、 熱気の

こもったダンスホールを鮮烈に描く

ことによって、その時代の気分を捉えていた。



   





    さて、いま街の社交ダンス教
室やホールが静かな人気らしい。

   熟年組がその中心で、ワルツ、
タンゴからジルバ、マンボまで

軽快な足どり。「ホールに行く

とパートナを見つけようとする
オジさんの迫力にタジタジ」
(研究会での声)





   昭和二十年代の映画でみてい
くと、上流階級の社交としての
ダンスは  「安城家の舞踏会」
(吉村公三郎監督)が最後の輝き。

  没落華族の父(滝沢修)と娘(原
節子) がタンゴを踊る。




  一人踊りにあきたヤングも興味を
持ち始めた。

  ディスコが人間関係から逃げようと
する時代の象徴なら、社交ダンスは
人間関係の復活。世紀末に、ダンス
文化を再生させるのは「狂ったよう
に踊った」ことがある熟年たちか。


  (岩田 誠)
      日経夕刊コラム 「鐘」






世にウケる女性は時代とともに移り変わりゆくもの。昨今「あざとかわいい」という属性の女子がスポットライトを浴びている。








男子にも、〝あざとさ〟低いけど




  あざとかわいい  男子俳優ランキングとか



    ■「あざとい男子」はずるいと分かっても憎めない

    あざとい男子は、相手が自分を憎めないことを理解しているため、立ち回りがうまく人付き合いが得意です。男女関係なく、多くの友人関係を築いています。恋愛には積極的ではないものの、好きな人を手に入れるために計算ずくで行動することもあるでしょう。

    あざとい男子のように、なぜか憎めない人物として「天然な人」が挙げられます。両者の大きな違いは、行動の裏に計算があるかないかという点です。

    あざとい男子は、自分がかわいいことを理解したうえで、より自分が魅力的に見える行動を計算します。一方、天然な人は計算した行動はできません。周囲が「しょうがないな」と手を貸したくなるような行動も、すべて本心から生まれるものです。

  【接し方】

1.甘えられてもお金は簡単に出さない

2.言葉の裏にある本音を確認する


3.度をすぎるワガママはきちんと指摘する



   さて、本題の女性の【あざとかわいい 】について考えてみましょう。

 

あざといという言葉を調べると「やり方があくどい」という意味があるが、まさにそうで、わざとかわいくして相手の心をがっちり掴むのが「あざとかわいい」のだと。相手の好みや喜ぶことをその場で把握し、相手のニーズにちゃっかり応える能力が高いのが特徴。



    しっかりしていなさそうでしっかりしている、つまり「計算高い」といえる。










    女が嫌う女の代表格のぶりっ子と似ているが、あざとかわいいはただ単にぶりぶりしてはいいものではなく、セルフプロデュースができていなければ使いこなすことはできないようだ。





   そういう女性がウケているのは時代と逆行しているような気もするが、精神的に自立した女性や颯爽とした女性が増えてきている今、その中にあざとかわいい女性がいると新鮮に見えるのも確か。






    どうしたら相手の心をキャッチできるかを常に考えているのだから、ある意味賢い。もし身近にそのような人がいるのなら、心の中でこっそり褒めたたえてあげましょう。「自分の魅力分かってるね!」


(宇都古 舞)


   わかやま新報女性面






世にウケる女性は時代とともに移り変わりゆくもの。昨今「あざとかわいい」という属性の女子がスポットライトを浴びている。








男子にも、〝あざとさ〟低いけど




  あざとかわいい  男子俳優ランキングとか



    ■「あざとい男子」はずるいと分かっても憎めない

    あざとい男子は、相手が自分を憎めないことを理解しているため、立ち回りがうまく人付き合いが得意です。男女関係なく、多くの友人関係を築いています。恋愛には積極的ではないものの、好きな人を手に入れるために計算ずくで行動することもあるでしょう。

    あざとい男子のように、なぜか憎めない人物として「天然な人」が挙げられます。両者の大きな違いは、行動の裏に計算があるかないかという点です。

    あざとい男子は、自分がかわいいことを理解したうえで、より自分が魅力的に見える行動を計算します。一方、天然な人は計算した行動はできません。周囲が「しょうがないな」と手を貸したくなるような行動も、すべて本心から生まれるものです。

  【接し方】

1.甘えられてもお金は簡単に出さない

2.言葉の裏にある本音を確認する


3.度をすぎるワガママはきちんと指摘する



   さて、本題の女性の【あざとかわいい 】について考えてみましょう。

 

あざといという言葉を調べると「やり方があくどい」という意味があるが、まさにそうで、わざとかわいくして相手の心をがっちり掴むのが「あざとかわいい」のだと。相手の好みや喜ぶことをその場で把握し、相手のニーズにちゃっかり応える能力が高いのが特徴。



    しっかりしていなさそうでしっかりしている、つまり「計算高い」といえる。










    女が嫌う女の代表格のぶりっ子と似ているが、あざとかわいいはただ単にぶりぶりしてはいいものではなく、セルフプロデュースができていなければ使いこなすことはできないようだ。





   そういう女性がウケているのは時代と逆行しているような気もするが、精神的に自立した女性や颯爽とした女性が増えてきている今、その中にあざとかわいい女性がいると新鮮に見えるのも確か。






    どうしたら相手の心をキャッチできるかを常に考えているのだから、ある意味賢い。もし身近にそのような人がいるのなら、心の中でこっそり褒めたたえてあげましょう。「自分の魅力分かってるね!」


(宇都古 舞)


   わかやま新報女性面


 坂本龍一さんとネーネーズ第一期生  ⬇️



 沖縄は基地問題などで、ホットなニュースが続いている。
 
 少し古いが、古謝(こじゃ)美佐子=写真下  をリーダーにする4人組「ネーネーズ」(第1期)の2曲を久しぶりにユーチューブで聞いた。ネーネーズは姉さんの意味らしい。




「素朴で純情な人たちよ、きれいな目をした人たちよ、黄金で心を汚さないで。黄金の花はいつか散る」



  ⬇️ 古謝さんでなく、最近のグループの歌唱

 ネーネーズの代表曲である『黄金の花』。岡本おさみ作詞、知名定男作曲のこの曲は、拝金主義が盛んだったバブル→そして崩壊時代の中での、一種の緩やかなメッセージソングとも捉えることができよう。

 いくつ印象に残る歌詞には「病気のお金はありますか 悪い人には気をつけて」「神が与えた宝物 それは黄金でないはずよ」






 1990年にデビュー、10年間で様々なジャンルに挑戦、欧米にもファンを広げていく。
 
   中でも、よりメッセージ性の強いのが『平和の琉歌』。


 桑田佳祐の作詞・作曲で、サザンも歌うが、ネーネーズの方が好きだ。

 「この国が平和だと だれが決めたの 人の涙も渇かぬうちに 
アメリカの傘の下 夢も見ました
民を見捨てた戦争(いくさ)の果てに 
蒼いお月様が泣いております 
忘れられないこともあります
愛を植えましょう この島へ」

 さらに2番の最初は心に突き刺さってくる。
「この国が平和だと 誰が決めたの 汚れ我が身の罪ほろぼしにーー」

 戦後、傷ついた沖縄がアメリカに支配され、基地の島にされてしまった現実を歌の背景にしている。

 ただメッセージ性の強い歌詞なのに、ネーネーズの歌い方は、暖かくて、緩やかに包んでくれる。


   古謝はソロ活動も活発に行っている。『童神』(わらびがみ)という名曲もあり、色んな歌手がカバーしているので、今度ゆっくり聞いてみたい。

  (岩田  誠)わかやま新報女性面掲載


  余録  「童神」の歌詞分かるカバー






  『浮遊封館』

    門前 典之著 

原 書房 1890円 2008年

過去に起こった。
①旅客機墜落事故ーしかし乗客130名の遺体が消失。
②謎の宗教団体の信者消失事件。
③身元不明者の遺体消失事件。
現在に起こる。
①雪密室事件。
その裏で暗躍する謎の教団「奇蹟の光」

 過去、現在のそれらの事件が一つに繋がり全貌が明らかになる。

 時にグロテスクに、時に猟奇的に、そして論理的に解明された驚愕の真実に驚愕する、本格ミステリのファンには堪らない一冊だ。
建築士探偵が活躍_e0171960_1426446.jpg
 探偵は蜘蛛手建築士。看板には「蜘蛛手建築事務所」の吹き出しに「及び探偵」とある。容貌、正確な年齢、名前は書かれていない。

 ワトソンは宮村。30代のK大の学生。容貌、正確な年齢、名前は書かれていない。
 
 このコンビはキャラとしては、島田荘司の御手洗潔と石岡和己を彷彿とさせ、わたし的には大歓迎であるのは云うまでもない。

      宮村は石岡が御手洗に顎で使われるのように、蜘蛛手に扱き使われる。よくここまで似せて書いたなあと思う。でも好きです!!御手洗潔症候群の方はどうぞお読みください。少しは病が癒えるかも?


この作品はシリーズ2作目で探偵、蜘蛛手の詳細が分からずもどかしい思いをしたが、3冊目の「屍の命題」で経歴が分かり、胸のつかえが下りました。

    蜘蛛手啓司 33歳、一級建築士。建築士探偵なのだ。篠田真由美の桜井京介は建築家探偵でこちらは建築士探偵。
 
 門前典之は1997年に「唖吼の輪廻」(あくのりんね)(後に「屍の命題」に改題出版)で第7回鮎川哲也賞最終候補になり、「建築資材」で第11回鮎川哲也賞を受賞。

 当時の選考委員は鮎川哲也、島田荘司、笠井潔の本格の鬼の3名。 
 
 門前典之は現在まで長編は「建築資材」「浮遊封館」「屍の命題」「灰王家の怪人」4作品を出版。いずれも一級建築士の知識を応用した本格ミステリーだ。
 
4作品のうち3作が蜘蛛手シリーズで、とても面白い本格を読めたと保証できる作品だ。

 本格には猟奇的な作品が多くて気分を害する方も多いが、それが本格の本格たる所以である。

 





 (阪井 俊夫)

            わかやま新報女性面掲載



 魍魎の匣
京極 夏彦著 
 

 講談社ノベルス 1200円 
 1995年

 楠本頼子は柚木加菜子が好きだった。加菜子はクラスの誰よりも聡明で、気高く、美しく、一人だけ違う匂いを発していた。まるでけものの中に一人だけ人が混じっているようだった。

 そんな彼女がクラスの中で唯一自分だけと親しく接してくれることが、たまらなく嬉しかった。そんな二人が親交を深めたある日、湖を見に行こうと出かけた駅のプラットホームで、何者かに突き落とされた柚木加菜子は重傷を負い、美馬坂近代医学研究所に運ばれる。
 





 それと並行するように「武蔵野連続バラバラ殺人事件」と「穢れ封じ御筥様事件」が起こる。一見、なんの繋がりもない事件が最後に繋がり、事件の全貌が明らかになる。



京極夏彦の著作を最初に見たときの衝撃は今も鮮明に覚えている。おどろおどろしい「百鬼夜行」の絵のカバーが鮮烈で、読んだ中身も鮮烈で、あーこの人は言霊使いだと思った。大長編が好きなわたしも読みこなすのに時間を要した。
 
 主人公の京極堂(中善寺秋彦)は古書店を営む憑き物落とし。捜査をしないで事件を観るアホ探偵榎木津、ゲタ顔の熱血刑事の木場修、欝(うつ)を患う作家関口などレギュラー出演者に限らず、一人ひとりのキャラがもの凄くよく書けている。
 
 各人のセリフも良く、特に京極堂の「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君」。これはデビュー作の「姑獲鳥の夏」で吐かれたセリフだが、わたしはこのセリフが大好きです。

    そして先にも触れたが、縦糸と横糸が絡み合うように張られた伏線が、収束に向かいその伏線の解明に齟齬(そご)がなく完結。見事である。
 
 「魍魎の匣(はこ)」と双璧なのが「塗り仏の宴」で、この作品以上に絡み合った展開を描いている。

 頭の硬いわたしは、一読では不明な箇所が多く、「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」「塗り仏の宴」は三度読みました。でもまだ全てが解っていない。
 
 ちなみに「獲鳥の夏」と「魍魎の匣」は映画化されましたが、ヒットはしなかった。

   「魍魎の匣」は是非とも観たかったのだが、行ける日にはもう終わっていた。DVDになってから観た。感想は、あれだけの膨大な小説を映画化するのは無理だと痛感。原作には勝てない。



(阪井 俊夫)

                わかやま新報女性面掲載



『おもちのおふろ』

苅田澄子作 植垣歩子絵

  学研プラス 2014年 1200円+税

 

対象年齢:年齢に応じて読むことができます。

(読んでもらうには)2歳から

  (自分で読むには)3歳から大人まで

 

      今年はおもちを食べられましたか?まだという方も、新年にたくさん食べたのでもう満足という方も、この絵本を読むと「おもち」が恋しくなりますよ♪



●○あらすじ●○


       寒い日です。おもちの「もーちゃん」と「ちーちゃん」がお風呂屋さんに出かけました。「ゆっくり あったまろうね」

 

         二人はのれんをくぐって入ります。「いらっしゃい」。番台に座っているのは真っ白ぴかぴかの大根さん。「いろんなお風呂があるよ。好きなお風呂にお入り」

 

     中に入ると、昔懐かしの脱衣所です。ヘアドライヤーを頭にかぶっているのはブロッコリーさん。洗面台で髪の毛をとかすのは海老さんです。壁にはダジャレの利いた広告が貼ってあります。

 

            最初に入ったのは「しょうゆのあしゆ」。エビ、いくら、タコなどのお寿司さんがたくさん並んで入っています。「くぅー、しょうゆがしみるぜ」。皆とても気持ちよさそうです。

 

      次に「きなこのすなぶろ」に入ることにしました。黄色いきなこに潜っていると、小さなお団子さんがたくさんやってきました。お団子さんはころころころ転がります。きなこの砂はすっかりなくなってしまいました。

 

         冷えてきたので、急いで「トースターのサウナ」を目指します。パンたちでぎゅうぎゅう詰めの中、おもちさんたちは隅っこに座りました。すると、もちろん…

 

     他にも私たちのなじみのあるおもちの食べ方のお風呂が登場します。どのお風呂も体が温まりそうで、おいしそうです。いつの間にか、おもちが食べたくなってきませんか?

 

      我が家ではパックに入ったおもちを非常食として常備しています。銭湯に行って楽しんで、いろんなおもちを考えたり食べたりしながら、今後に備えられるといいですね。



(キャリアコンサルタント 浦田ひろみ)


       

  

    

テレビで「喪女特集」なるものをやっていた。


喪女(もじょ・もおんな)とは、交際経験がない、いわゆるもてない女性のこと。


 人生において異性との交流がほとんどなく、休日も家にこもりがち。目立たない人生で、学生時代においても男子とも話せず卒業してゆく、俗にいう「甘酸っぱい青春」とは程遠い青春時代を過ごすのだ。






そのような人生を送ってきたため、“どうせ私はブスだから”“私なんてお呼びでない”とネガティブで自虐的な思考を持つ人が多いみたい。


  まさに「喪」のイメージ通り、暗い女性というわけである。世間は彼女らをかわいそうだと見下すかもしれない。






確かに彼女らは暗いのかもしれない、だが彼女らの会話を聞くと「今までで一番男性に近づいた瞬間は満員電車」や「もてなさ過ぎて、命の存続を私が絶たしてしまう。生命の営みにごめんなさい」などなど、かなりユーモアのある発言が印象的だった。


周りに気を遣えてユーモアもあれば、これはかなりのコミュニケーション能力ではないか!喪女をバカにしている諸君にいいたい。「彼女らの方がずっと自分らしく豊かに生きているよ!」と。


(宇都古 舞) 


  わかやま新報女性面掲載