この世になぜモーツアルトの音楽というのが存在するのだろう。北はドイツ、西はスイスに囲まれた真珠のような街、   オーストリアのザルツブルグに生を受け、 1756年から35年間、この世に滞在した。


 私は自問する。君を見たこともないのに、どうして私の心が分かるの、誰にも言ってないのに。だめじゃないか、そんな風に転調したら泣いてしまうじゃないか、天からホルンが降ってくるなんて。





    モーツアルトは人間の本質を知っていたのだ、きっと。神が在るんだと思わせる交響曲、ハ長調「41番」「ジュピター」。



 昔、愛しい人と語り合ったような芳しいピアノ協奏曲、変ロ長調「第15番」。変ホ長調「第22番」3楽章のアレグロ(速い)の中に突然アンダンテ・ カンタービレ(ゆっくり歌うように)が出てくると、もうなんにも言うことはないと思う。幸せと、深い沈黙がある。


    夜の薄闇のなかで、木蓮の白い花が咲いている静寂の内に、モーツアルトが一人現実の厳しさを背負って、音もなくたっている姿が見える。

    テープが擦り切れるほど聴いたこの曲を私の鎮魂歌にするように家の者に伝えている。

 合唱曲、ニ長調「アヴェヴェルム、コルプス」は、珠玉の名曲です。デイベルトメント、変ロ長調「15番」からは、みずみずしい青春の息吹が聞こえます。

 モーツアルを聴き終わるといつも茫然として立ちすくんでいる自分に気づく。舞い上がらせ胸を悲しみで突き刺して走っていく。

   全く君の音楽にはかなわない、全てを放り出して追いかけるけど、涙が出る前に置いて行かれる。いったい君は誰?

     (山下はるみ)

           わかやま新報女性面掲載