歌が好きな85歳のおじいさんに昔好きだった歌手を尋ねると、名前が思い出せず困った様子。
なんとか思い出してもらおうと、「藤山一郎? 春日八郎?」と青春期を過ごした昭和30年代の歌手の名前を並べてみても、なかなかヒットしません。
歌手名を諦め、曲名に変えてみると、しばらくしかめていた顔がにわかに明るくなり「のふうぞ」と一言おっしゃいました。そのおじいさんの好きな歌手は、昭和50年代に活躍したシンガーソングライターの河島英五さんだったのです。
「酒と泪と男と女」や「時代おくれ」のメロディが頭にすぐ浮かびましたが、「野風増」はピンと来ず、インターネットで検索しました。確かに昔よく聴いた曲で、ざ行の発音が苦手な和歌山の地域性か、カラオケでみんな「のふうど」と言っていたことを思い出しました。
今からちょうど40年前にリリースされた「野風増」を改めて聴き直してみると、男の子をもつ父親の心情を謳った曲で、個人的には懐かしさもあり、惚れ惚れする名曲だと思うのですが、「いいか、男は生意気ぐらいがちょうどいい」というサビの歌詞は、今の時代では、そのジェンダー規範が問題になりそうです。
そういう意味では、人それぞれ、好きだった流行歌や何度も繰り返し聞いた曲というのは時代を象徴するものであり、その時代を懸命に生きた証のようなものなのかもしれません。
「野風増」が流行った頃、このおじいさんは、毎日朝から晩まで働きながら、まだ小学生だった3人の息子たちを養うことに必死だったそうです。
歌詞にある「おまえが二十歳になったら酒場で二人で飲みたいものだ」と願いながら頑張っていたのでしょう。
私にも好きな曲がたくさんあります。将来、このおじいさんと同じ年頃になった時、いったいどの曲を真っ先に思い出すのだろうかと、ふと考えながら、それぞれの時代の曲にたくさんの思い出を重ねられるような豊かな人生でありたいと思います。
(石井 敦子)
わかやま新報女性面 304号