癒しの空間創り出す




 伊良波範子さん(いらなみ・のりこ)さん。いつも和服でしっとりとした風情の彼女は、和歌山市の出身で精神科医である。ジャズボーカリストとしても活躍する。「熊野古道を癒しのメッカに」と考えているマルチ人間である。

                          (中村 聖代)



 2月2日。大阪心斎橋「RUGTIME」において、「Healing Jazz公演」がある。ピアニストは、作曲家・大学教授としても活躍のフィリップ ストレンジ氏。ベーシストは魚谷のぶまさ氏。ドラマーは斎藤洋平氏。いずれも関西JAZZ界屈指のプレーヤーである。伊良波範子さんがボーカルを担う。



【結婚後に医師免許】

 範子さんは桐蔭高校卒業後、帰国子女が多く通う神戸女学院英文科に入学。元来内向的で人見知りの性格だったが、ロックバンドのヴォーカルとして活動するようになる。

 

 大学卒業後は縁あって、和歌山放送や、和歌山県立医大脳外科の研究室でアルバイトをするうちに結婚。夫は高校の同期で麻酔科の医師。 

 

 結婚後も英語を活かした仕事に就きたいと、難関な通訳案内業免許を取得したが、2人目の子ども妊娠し、仕事に就けなかった。そのときの勉強で学生時代と違う本当の楽しさを知った。身体と心の状態はシンクロする。そのメカニズムに興味を持ち精神科の医師を目指す。男女一人ずつの子育てをしながら、独学で受験勉強。下の子どもが幼稚園入学と同時に和歌山県立医大の学生になった。平成3年のことである。


【ジャズも医療も同じ】

 範子さんは、現在和歌山市内で開院。「認知療法」と出会ってからは、そのエッセンス的な要素を取り入れて治療に当たることもある(別枠参照)。患者が変わったと思える時が一番充実するという。 

 



 範子さんは、平成15年ごろ心身共に疲れた時期があり、仕事も辞めたが、高校のPTAの催しでコーラスをすることになり音楽で癒された。そこから音楽活動と医師活動を再開。三味線や長唄などの邦楽にも携わるうちジャズにいきついた。彼女の中では、精神治療もジャズも同じ―そこにいる人が笑顔になり、慰められ、元気になる―ただアプローチの仕方が違うということだ。


【忍者とも見られた】

 普段も着物姿だという範子さんは、「昔の日本人は、皆着物を着用していましたよね。だからそれが自然なのです」と語る。



 締め付けがないし、これほど楽な衣服はないという。「温かいものに包まれている感じ。緊張感の中のリラックス」だとか―着物を着用する経験のまれな筆者にとっては驚きだ。なんと、熊野古道の山道も「ひょいひょい」と着物に草履で登る。「もちろんかかとをゴムで結わえ固定します」と言うが、見ていた人から「忍者?」の声もあがったとか。 


【藤城清治さんを和歌山へ】

 ところで、範子さんたちは影絵作家の藤城清治さんを和歌山県、ことに熊野古道に招きその感性で作品を残してもらいたいと働きかけている。   


 藤城清治さんは大正13年生まれ。現在も現役で制作を続けている。山梨県の昇仙峡影絵の森美術館は1992年に世界一の影絵美術館として誕生し、毎年30万人以上の来館者がある。また原発事故のあった福島県大熊町へ、放射線防護服を身に着けつつデッサンに出かけた。藤波さんの和歌山県入りは、まだ実現していないが、一日も早い来和を期待している。 


【癒しの聖地熊野古道】

 範子さんは熊野古道に特別の思い入れがある。単なる観光スポットに終わらせたくないと。

古く神話時代から神々が鎮まる特別な地域であり、仏教においても山岳修行の舞台でもある。また、はるか京都から上皇・天皇たち始め人々が時間をかけてやってきた場所でもある。

 

 範子さんは、この熊野古道を、本来あるべき姿である「癒しのメッカ」にしたいと考えている。精神的・肉体的に疲弊した現代人が、そこに行けばリラックスし、活力を得る―音楽療法や創作活動、認知療法など、それぞれに見合ったプログラムで―そんなプロジェクトが、自分が生きているうちでなくても、そうした道筋ができればと思い描いている。 


 「熊野古道の自然は、人間の及ばない大きな癒しの力を持っているのです。それを感じてもらいたい」と範子さんは語る。


<認知療法とは>

  現実に即して物事をしなやかに捉えることを目指す。鬱は現実を正しく認知する力を奪い、そこから見える世界はフィルターがかかったように暗い。認知療法は、認知の歪みを正して、より客観的で妥当なものにしていく。

  1950年代に米国で鬱の患者のためにつくられたプログラムで、薬物療法に匹敵する効果があることや、再発予防効果に優れていることなどを実証。不安障害、統合失調症など多くの精神疾患にも活用され、現在は精神疾患治療の大きな柱の一つとなっている。


            (わかやま新報女性面掲載)