春の夕暮れ、ラジオから流れるバイオリンの不思議な音に魅せられた。奏者は庄司紗矢香と告げた。 こころを躍らせて彼女のチケットを1枚手にいれた。 その日 晩秋の闇の中で、噴水が散っていく音を聞きながら、冷たいコンクリートの壁にもたれて開場をまった。 彼女はピンク色のドレスを着、飄々としてピアノ伴奏のジャンルカ・カシオーリと出てきた。 共に若い30才と31才のコンビ。曲目はバイオリン協奏曲 第2、8、9番、全てベートーベンというのも面白い。 シャンデリアが照らすホールの光と音が沈むと最初にピアノの美しい音が私の心に響いた。 呼応してバイオリンが、微かな柔らかい音をだした時 はっとした。なんと静かな音、ベートーベンの音としては聞いたことがない。 そう思った瞬間身体が前のめりになっていた。夢中で聞いた。 途中バイオリンとピアノが少しリズムがずれるように聴こえる。それも全曲にわたって時々聴こえる。 これは創造の瞬間!なのだ。私は神経を集中させた。リズムが合わないのではなく、二人の心が未知の世界へ入っているのだ。それぞれの音を探っているのだ。 「創造とは自分の道をトコトコと一人で歩くこと、頑張らないで自分を信じて惚れること、上手な人は上手に、中ぐらいの人は中ぐらいに、下手な人は下手なりに」とは、 私の絵の師である元永定正先生の言葉である。 自分の内部を見つめることによって、心は揺れたり孤独を感じたりして深くなっていく。 音が心から湧き出るようで爽やかであった。しかも音楽の王、ベートーベンが進化していた。 あの弱音の美しさ、闇の中にふっと希望を見つけたような、ひとの心を震わせるものがあった。
【山下 はるみ】
わかやま新報女性面掲載