映画『アナログ』 | 牧内直哉の「フリートークは人生の切り売り」Part2

映画『アナログ』

『アナログ』

(上映中~:J-MAXシアターとやま、TOHOシネマズファボーレ富山、TOHOシネマズ高岡)

公式サイト:https://analog-movie.com/

 

建築デザイナーの水島悟は、自身が内装を手がけた喫茶店「ピアノ」で、

小さな商社に勤める謎めいた女性・美春みゆきと出会いました。

自分の仕事を高く評価してくれたみゆきに惹かれた悟が、

意を決して連絡先を聞くと、彼女は携帯電話を持っていないといいいます。

そこで2人は連絡先を交換する代わりに、

毎週木曜日に「ピアノ」で会う約束を交わしました。・・・という導入です。

 

ビートたけしさんが初めて書いた恋愛小説『アナログ』を、

富山県出身のタカハタ秀太監督が映画化しました。

ちなみに、タカハタ監督はテレビディレクターとしてのデビューが

「天才たけしの元気が出るテレビ!!」という縁があるのですね。

ひと言で終わらせるなら、素敵で心地よい恋愛映画でした。

悟役の二宮和也さん、みゆき役の波瑠さんはじめ、配役もピッタリでした。

といっても、私は例によって原作未読なんですけどね。

 

『アナログ』にはいろいろ意味がありますが、

一つは美春みゆきが携帯電話を持っていないこと。

SNSやLINEやメールどころか、電話すらかけられない関係。

そして、悟が素直にそれを受け入れたのは、彼自身の優しさと、

実は悟こそ、仕事でデジタルを使わないアナログ人間だったのでした。

昨今の建築デザインは3Dで見本を見せることが多いようですが、

彼は製図を鉛筆で手描きし、模型も丁寧に作っていました。

かたくなというよりは、その方がデザインの意図が相手に伝わるという、

相手への優しさも意識してのものでした。

 

実際に悟は優しい男性です。仕事ができるアラフォーの独身。

その才能は常に上司が横取りして自分の手柄にされていますが、

特に怒るでもなく、愚痴もこぼさず、それで良いと受け入れています。

映画だと北野武監督作品は登場人物に性悪説を感じることが多いですが、

本作の登場人物には嫌な人がほとんど出てきません。

横取り上司もそれ以外の点では、ちょっと可愛げすらある人です。

そんな中でも悟は特に優しさに溢れた穏やかな人柄。

 

とはいうものの、やはり自分の仕事が評価されるのは嬉しい。

しかも、みゆきは漠然とした感覚ではなく、

細かいところに目が行き届き、一つ一つ素敵だと褒めちぎりました。

このみゆきも年齢は30代のようで、落ち着いた品のある雰囲気です。

波瑠さんが本当に素晴らしい。現状、今年の映画ヒロインNo.1です。

「お互いに会いたい気持ちがあれば会えますよ」という彼女の言葉は、

受け止めようによっては高飛車な感じもしますが、

そうではなく、「また会いたいですね」と素直に受け入れられます。

 

恋愛映画に観客としていかに感情移入できるか。

いろいろな形はあるでしょうが、例えば私のような男の観客なら、

ヒロインに恋することができるかというのも大事な要素のはずで、

その点で本作は、少なくとも私にとっては成功しています。

 

(以下、“適度”にネタバレしています。ご了承ください)

みゆきは子供の頃に寄席に通っていて落語が好き。

悟の親友たちにしつこく求められる前に居酒屋で小噺を披露した。

というシーンがなくても、私はみゆきさんに恋してしまいました。

悟と私は見た目もキャラも似ても似つかぬことは承知しながらも、

しっかり悟に感情移入しながら最後まで観ることができました。

 

悟の言動も、二宮さんの演技を含めて共感しやすいものでした。

特に終盤で彼が「嘘だろ」を繰り返すシーン。

ステレオタイプの演出ならだんだん声を荒げたりしそうなものですが、

悟はそうはならないキャラクターなのです。二宮さん上手いですね。

今、所属事務所はたいへんなことになってますが、

私、二宮さんが出演してる映画、結構好きなものが多いです。

 

みゆきは落語が好き、輸入雑貨の小さい商社で働いている、

過去にバイオリンを弾いていたことがあり、クラシックにも詳しい。

けれど、二人でクラシックコンサートに行ったら、

途中で突然、席を立って涙を流して帰っていった。

ぐらいのことしか悟には分からない、謎の多い女性ではあるけれど、

彼女と一緒に過ごす時間はどこまでもかけがえのないものになり、

もうここまで惹かれてしまったら、突き進んでいきたい。

 

ずっと入院している母親(高橋惠子さん良きです!)にも背中を押され、

気のおけない親友二人にも応援してもらい、プロポーズを決意した悟。

しかし、みゆきは・・・。この辺りの流れに意外性はなく、

実はみゆきは・・・という後から分かる事実や出来事も王道的ですが、

恋愛映画は王道である方が良い場合も多々ありますし、

本作は王道的だけど決して「ありきたり」という感じはしませんでした。

あと、たけしさんの話は男に都合が良いと感じることが多く、

本作もそういうところは無きにしもあらずですが、

そこは客観的に考えず、私自身の主観でしみじみ心地よくなってました。

 

たけしさんの原作がそうなのか、タカハタ監督の演出かは不明ですが、

ベタベタしていない、品の良い落語的な“くすぐり”も適度に散りばめられ、

そう、いろんな点で私にとって心地よい映画でした。

ちなみに、波瑠さんでバイオリンといえば、

2年前のドラマG線上のあなたと私が思い出されます。

あれも私にとって心地よさを感じるドラマでした。