映画『千夜、一夜』
『千夜、一夜』
(上映中~11/10:J-MAXシアターとやま)
公式サイト:https://bitters.co.jp/senyaichiya/
北の離島の漁村のイカの干物工場で働く登美子は、
30年前に突然姿を消した夫の帰りを待ち続けています。
漁師の春男は彼女に思いを寄せて何度も求婚してきますが、
彼女がその気持ちに応えることはありません。
そんな登美子の前に、2年前に失踪した夫を捜す奈美が現れて・・・。
台詞には出てきませんが、映像を観れば北の離島は佐渡と分かります。
あの地域で失踪した。となると、拉致されたのか・・・と浮かんできます。
久保田直監督はドキュメンタリー出身の監督さんだからでしょうか、
ストーリーのある映画ですが、島の“負”の空気を色濃く描いています。
ちぎれたカセットテープ、実った柿、遺族が一人だけの葬儀、
明け方の寝姿・・・など、台詞のないシーンにも饒舌さを感じる演出。
しかも、そこでの自分の解釈は間違っているかもしれない微妙さ。
間延びも感もある一方、私好みの陰気臭さにあふれている世界観。
しかし、本作の絶対的な見応えはキャスト陣の演技にありました。
登美子役の田中裕子さんと奈美役の尾野真千子さん、
田中裕子さんと田島令子さん、田中裕子さんと白石加代子さん、
田中裕子さんと長内美那子さんという女優同士の組み合わせ以外にも、
田中裕子さんと安藤政信さん、田中裕子さんと平泉成さん、
とにかく、“さし”で会話しているシーンが多いのですが、
そのシーンの長さに関係なく、どの競演もずっしりきました。
とにかく、まずは田中裕子さんが凄いです。
そんなことは今さら書かなくても分かってることですが、凄いんです。
登美子がものすごく怒っているシーンがあるのですが、
声は荒げない、爆発してない、でも、ものすごく怒ってるんです。
その他、終盤の一人語りも圧巻というか、ぞぞぞ~ってなりました。
この田中さんに1対1で負けない人たちが相手を務める配役なんですね。
そんな中で異彩を放っていたのが春男役のダンカンさんでした。
多分、ずっと前から、登美子が結婚する前から好きなんですよ。
で、今もずっと好き。登美子の夫は失踪して30年。
もういいんじゃないか、一緒になっても良いんじゃないかと、
春男だけでなく、漁村の人たちもジワっと圧をかけてきますが、
登美子ははっきり断らず、しかし、絶対に受け入れません。
理由はいくつかあるんです。
登美子が言ったのは「私はまだ失踪した夫と離婚してない」、
言わなくても想像がつくのは、春男を好きにはなれないということ。
春男がだらしないのは登美子が受け入れてくれないから・・・と、
甘い見立ての春男の母親や漁村民のオッサンたちもいますが、
どうですかね、変わらないんじゃないですかね。
私も春男はアカンやろと思うんですが、
一方で、登美子を想い続ける中年男の気持ちも理解できちゃう。
はい、私の今の状態が、春男に感情移入しちゃうんです。
でも、春男のアプローチの仕方は、うーん、それはアカンやろ・・・と。
なんで「富ちゃんのため・・・」みたいな言い方になるんですかね。
そんな悲しく残念な中年男をダンカンさんが好演していました。
(以下、“適度”にネタバレしています。ご了承ください)
と、字数を使ってしまいましたが、本筋はそこではありません。
登美子の夫の失踪の真実は最後まで分からないままでした。
蒸発なのか拉致なのか、どこかで事故死したのか・・・。
30年もの間、いろいろと捜索の手はうったものの手がかりもない。
一方、奈美の夫は消息を絶ってから2年。
2年だって長いけど、30年に比べれば短い。
そして、奈美は「自分は登美子さんのようには待てない」と。
まぁ、そうですね。「普通はそうでしょ」と言った人もいました。
これ敢えての台詞ですよね。“普通”とは・・・を意識させる台詞。
もう何が普通なんだか分からない。
登美子ももう、夫の帰りを待ってるんだか待ってないんだか、
他人には説明できない日々になってしまった。
でも、春男を受け入れようとは思わない、
このままで良いから、もう放っておいてという感情。
ハッキリとは描かないんですが、そこがまた私は好きなので。
前半のシーンで、亡くなった父親の過去の登美子への暴力を、
「何か理由があったんじゃないかな・・・」とかばう登美子の母。
「その何かは何なのよ」と言いたくなりますが、
登美子も夫がいなくなったのは「何かあったのかな」と思ったりして。
ラストの一人語りは愛おしさを感じました。あれ、毎晩なのかな。
彼女は望まないかもしれませんが、抱きしめたくなりました。
『千夜、一夜』というタイトルは、
『千夜一夜物語』のある話を意識しているところもありそうですが、
単純に考えれば、登美子は千夜、奈美は一夜待っているとも考えられるし、
実は登美子は千夜(実際には一万夜以上)待っているけれど、
気持ちは一夜のままなのかも・・・という気もしました。
今のところ、私の中では衝撃という点では本作が今年一番でした。
にしても、『川っぺりムコリッタ』もそうでしたが、
悲しみやつらい思いを背負った人はイカをさばくのでしょうか・・・。