映画『ちょっと思い出しただけ』 | 牧内直哉の「フリートークは人生の切り売り」Part2

映画『ちょっと思い出しただけ』

『ちょっと思い出しただけ』

(上映中~:J-MAXシアターとやま)

公式サイト:http://choiomo.com/

 

クリープハイプの尾崎世界観さんが自身のオールタイムベストに挙げる

ジム・ジャームッシュ監督の映画ナイト・オン・ザ・プラネットに着想を得た、

本作の主題歌ナイトオンザプラネットを受けて、

松居大悟監督が脚本も手掛けて描いたラブストーリーです。

映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観た記憶がないのが残念ですが、

観ていなくても、本作の世界は十分に味わえました。

 

都内のホールで照明スタッフをしている照生と、

タクシードライバーの葉の、照生の誕生日「7月26日」の想い出。

特にヤマ場はなく、だからこそ、リアルな恋愛模様。

それでいて、映画としての印象的なシーンが積み重なっています。

照生を池松壮亮さん、葉を伊藤沙莉さんが演じていて、

「あ~人ってこんな風に話すよね」って感じの自然な演技。

そして、劇場からの帰り道、脳内で主題歌がリフレインしてました。

 

(以下、“適度”にネタバレしてます。ご了承ください)

演出として面白いのは、時系列が1年ずつ遡っていくこと。

照生と葉の今 ⇒ 二人の別れ ⇒ 二人の出会い

の順で描かれる恋模様。最初、私は気が付きませんでした。

照生の部屋のカレンダーが映る度、いつも7月26日だけど曜日が違ってる。

2021年から遡っていたことに、2019年になって気が付きました。

おぉ、タクシーが昔の車体になってる。そして、誰もマスクをしていない!

 

2021年の序盤、「死にたいこともあった」と話す若い女性の乗客に、

葉が「死んじゃダメです。大丈夫です」って何気に言うんです。

私、その前の「21歳でタクシーに乗るのってどんな気分です?」

なんて聞いた流れから、ちょっと葉のこと苦手だと思いました。

が、その後のシーンでは『ナイト・オン・ザ~』の影響でしょうか、

煙草もやたらと吸ってるし・・・というのはともかく、

あの序盤の「大丈夫です」は最後の最後に理解しました。

なかなかに衝撃的な、でも、あり得る“今”の葉でした。

 

「人間万事塞翁が馬」ということでしょうか、

幸も不幸もなるようになるんですよね。

 

照生はもともとはダンサーでしたが、足のケガで将来の夢を諦めました。

でも、今、照明の仕事をしていることで、先輩スタッフの格好良さ、

新しく始めた仕事の面白さを知ることができました。

「なんであんなに我慢してたんだろう」と振り返りつつ、

ケーキも美味しく食べられるようになりました。

しかし、ケガでふさいでしまったことで彼女との別れにもつながります。

 

この別れ話がねぇ・・・。葉の態度がねぇ、重いんですよ。

彼女はダンサーだとか関係なく、照生のことが好きなんですよね。

でも、その圧は重いよねぇ。私もちょっと経験あります。

特にあの時の照生には重かっただろうと思います。

本当は重い女は重い女なりのイイ女なんですけどね。

 

葉はよく喋ります。照生は思いを口にしないタイプです。

照生は「言葉にすると壊れてしまいそうな気がする」と言いますが、

葉は「言わなきゃ何も分からない」と訴えました。

はい、理屈としては、私は葉の方が正しいと思います。

言わない美学は伝わらないからこそ。つまり、相手には伝わらないんです。

葉は「実は自分たちの会話は最初から成立してなかった」と気づきました。

 

遡って、照生と葉が恋人同士真っただ中の年の7月26日。

もうね、何を見せられてるんだ我々は!っていうぐらい、

観ていて恥ずかしくなるくらいラブラブです。

特に葉の幸せそうな表情、伊藤沙莉ちゃん、めっちゃ可愛い!

付き合うことになった年の二人も、二人とも可愛いです。

あんなにラブラブだったのに、それでも別れるときは別れるんですよね。

 

本作鑑賞後、映画館からの帰り、

「実際にいそうなカップルだった」と話してるお客さんがいました。

ホントそう。そこを感じながら雰囲気を楽しむ映画。

現在放送中のドラマおいハンサム!!(面白い!)の台詞じゃないけど、

誰にでも「(五番街の)マリー」はいるんですよ(※説明割愛)。

好きだった人とのことを何気にふっと思い出したりするんです。

だから、本作に特別な展開やヤマ場は不要なんです。

 

物語としても核にはなってるんでしょうが、

そこの分析は抜きにして、印象に残ったシーンを幾つか。

 

これは主題歌の歌詞にもありますが、

映画『ナイト・オン・ザ~』を二人で観ているシーンで、

葉に「字幕と吹き替え、どっちが好き?」と聞かれた照生は、

「字幕。集中できるし、俳優の発した言葉を聞ける」と答えました。

そこは共感。でも、照生はそれなのに、言葉が少ないんだよねぇ。

 

なかなか気持ちをはっきりさせない照生に焦れている葉に、

「愛って何なの?」と聞かれた行きつけのバーのマスターが、

「愛なんて逃げ道。人はそんなに強くないから愛にすがる」と答えました。

納得。でもって、意外と男と女は軽く出会うときは出会うのです。

葉と照生もそうだったし、今の旦那はもっとそうでした。

マスター役、國村隼さん、良いですね。

 

タクシーの乗客役もなかなか豪華な配役です。

その乗客の一人に、葉が自分の仕事の魅力を語るシーン。

「どこかへ行きたいとは思うが、自分でどこかは決められない。

でも、タクシーはお客さんが行き先を決めてくれる」

私も自分の仕事が好きですが、今は「これがしたい」というのは特にはなく、

アナウンサー、喋り手として依頼されたことを全うしたいという思いです。

「お金も大事ですが、それよりも・・・」の前置きも含めて激しく共感しました。
(といっても、依頼もあんまり多くないですが・・・汗)

 

照生を密かに想う後輩ダンサーを河合優実さんが演じていました。

この人、観る度に雰囲気が全く違う役で、今後も活躍しそうです。

その彼女が、バーで成田凌さん演じる青年と会話してまして、

成田さんは既に「カメレオン俳優」なんて呼ばれてますけど、

河合さんも近い将来、そう言われるんじゃないかと思ったりして。

後輩ダンサーさん、「好き」とは一言も言わないけど照生が好きです。

ね、照生くん、君も言われなければ気が付かないでしょ?

 

これはどの映画もそうなのですが、

本作は特に、もう1回観たら、いや観る度に新しい発見がありそうです。

その前に『ナイト・オン・ザ・プラネット』も観なければ・・・。