映画『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』(1980年) | 牧内直哉の「フリートークは人生の切り売り」Part2

映画『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』(1980年)

シリーズ第25作

男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花

BSテレ東土曜は寅さん!4Kでらっくす『男はつらいよ』シリーズ一挙放送!」で鑑賞)

 

渥美清さんが生前に撮られた映画『男はつらいよ』シリーズは全48作。

その中には特別な作品が何本かあって、本作は間違いなくその内の1本です。

第11作寅次郎忘れな草

第15作寅次郎相合い傘に続く、リリーさん3部作の完結編です。

リリーさんは第48作にも登場しますが、それについては後で書きます。

 

沖縄で血を吐いて、そのまま入院してしまったリリーさん。

もう死んでしまうかもしれない。そこに未練はないけれど、

最期にもう一度だけ寅さんに会いたいと、とらや宛に手紙を出しました。

タイミングよくその事を知った寅さんは、

苦手な飛行機にも乗って沖縄まで、文字通り“飛んで”行きました。

寅さんの顔を見て、嬉しさのあまり寅さんの胸に飛び込んで泣くリリー。

いつもは強がって生きているけれど、

寅さんにだけはそういう姿を見せる時がある。

そんなマドンナはリリーさんだけ。二人は特別な関係なのです。

 

寅さんが来てからみるみる回復したリリーさんは、

退院して、沖縄で寅さんと同棲(なのか?)していましたが、

生活資金が底をつき、歌の仕事を再開することにしました。

それを知った寅さんが「俺が何とかしてやるよ」と言うと、

「嫌だね、男に食わせてもらうなんて、私、まっぴら」と彼女らしい返答。

しかし、「あんたと私が夫婦だったら別よ」と付け加えました。

リリーさん、それまでも寅さんへ想いを何度かほのめかしていましたが、

今までで一番分かりやすく「結婚」を寅さんに意識させました。

ところが、やっぱり寅さんははぐらかしちゃうんですね。

 

その直後、この家の母屋の青年と寅さんの間でひと悶着あります。

こともあろうに、青年は「リリーさんは寅さんを愛している」と余計な一言。

本作の名シーンの一つ「ちゃぶ台返し」へと繋がっていきます。

「私のために来てくれたんじゃなかったの、こんな遠くまで」

と言うリリーの声を背中に受けながら、寅さんは外へ行ってしまいました。

 

リリーさん、完全に失恋しちゃったんですね。

翌朝早く、寅さんがリリーさんを訪ねると、

リリーさんは寅さんに黙って東京に帰ってしまっていました。

まるで、毎回、寅さんが失恋するたびに旅に出てしまうように・・・。

 

本作を初めて観たときの僕は小学6年生。映画館の帰りに父が、

「いつもは寅さんがフラれているけど、今回はマドンナがフラれてた」

と言っていて、その時の僕は「そうなのかなぁ・・・」なんて思ってました。

もちろん、今なら分かりますよ。リリーさん、切なすぎます。

寅さん、一言「すまなかった」と謝ってリリーさんを抱きしめてあげれば・・・。

できないね。うん、車寅次郎にはその甲斐性はないものね。

病院で見せた優しさを、なぜこの場所で見せることができないのだろう。

 

しかし、けんか別れしても、再会すれば仲直りするリリーと寅さん。

とらやの居間で沖縄での日々を懐かしみ、寅さんがボソッと一言。

「リリー、俺と所帯持つか・・・」

言いました。ついに、寅さんが言いました。ボソッとだけど言いました。

初めてマドンナに聞こえるようにプロポーズしたのです。

 

でも、リリーさんがその台詞を聞きたかったのは、

とらやの居間ではなく、沖縄のあの家でだったはずです。

しかも、寅さんはプロポーズの後、突然、我に返ってしまいました。

そして、今度はリリーさんが、

「やあねぇ、寅さん変な冗談言ってぇ」と返してしまいました。

加えて「私たちは夢を見ていたのよ」と。

 

僕、このシーンがあったから、

当時の父の言葉を理解できなかったのでしょう。

ここだけ観たら、寅さんの方がフラれてます。

でも、先にフラれているのはリリーさんの方で、

リリーさんの方が先に夢から覚めてしまっていたのですね。

 

その場に長く居続けることもできず、リリーは旅に出ます。

そして、当然のように寅さんも旅に出ます。

それだけでも、いかに二人に共通点が多いかが分かります。

といっても、寅さんにはいつまでも「とらや」という帰る場所がある。

リリーさんはその場所を寅さんと作ろうと思ったけれど・・・、

という決定的な違いがあるのですが。

 

最後の最後まで名シーン連続の『寅次郎ハイビスカスの花』、

今までにないラストシーンが待っていました。

なんと!旅先のバス停でリリーと寅さんが再会するではありませんか!

マドンナと寅さんが二人そろった状態でのエンディングは、

第17作寅次郎夕焼け小焼け(これも名作!)にもありましたが、

それとはシチュエーションも山田洋次監督の想いも違うことは明らかです。

 

リリー「何してんのさ?こんなところで」

寅次郎「俺はおめえ、リリーの夢を見てたのよ」

そう、リリーさんも寅さんも、お互いずっと好きなままなんです。

でも、好きだから、この関係の方が幸せということもあるのでは?

そういうことなんじゃないかな・・・と解釈しています。

この場合の「よそう、また夢になるといけねぇ」は、やはり切ないですけどね。

ちなみに、その前の柴又駅での別れで、

寅さんはリリーさんに旅先を聞いていたのですが・・・、

そこをとやかく勘繰るのは野暮ですか。ですね。僕は野暮だ(>_<)

 

本作の主人公は寅さんではなくリリーさんだった。

何回も観ているうちに、最近はそう思うようになりました。

なので、リリーさんは第48作寅次郎紅の花にも登場しますが、

結局、その関係が変わらないのは、すでに本作で確定していたのです。

『紅の花』はリリーさんのというよりは、シリーズそのものの完結編です。

ていうか、実際には完結しないまま終わってるんですけど。

 

ラストシーン前のこのカットが上手いと思うのですよ。

ガードレールに顔が隠れて、日傘だけが歩いている。

僕は映像制作はしないけど、こういうの凄く勉強になります。

 

にしても、もうここまで描いてしまうと、

これ以降の『男はつらいよ』は全て“オマケ”のようにも思えてきます。

いや、面白い作品、私が好きな作品は、この後も何本もあるのですがね。

なので、気が向いたら、また書きます。超長文、失礼しました。